2010年分 よそのサイトに書いたブログ分


101015
先日お知らせした、NHK総合TVで私のインタビューが流れるという話、
見事に流れました。

テレビで流れたのではなくて、番組が流れた!
取材したディレクターから、前日にメールがあり、
国会審議が中継されることになったため、放送はされない。
翌週に放送されるかどうかは未定、とのこと。
楽しみにしていたので残念です。
さて、私が出てきて話すはずだった時間に放送された国会中継。
面白くないと承知しないぞ!と気合を入れて、テレビではなくラジオを点けた。
自民党の山本一太参院議員が、果敢に管さんや仙谷さんを攻めて、なかなか面白かった。ねじれ国会の真骨頂とも言えるだろう。
それに免じて、幻の放送は許してやることにしたが、
NHKさん、せっかく作ったんだから、一週遅れで流しましょうよ。
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101012
放送予定日が決まりました
先日、NHKの取材を受けたことは、書きました。
その放送予定日が決まったと、昨夜、連絡をもらいました。
首都圏では、
10月14日(木)のNHK総合「いっと6けん」の中、
「いまほんランキング」というコーナーです。
11時5分から11時55分の間の予定。
地方局では10月12日の夕方のニュース
18時10分から19時の間です。
どこの局が流すかは、地方局しだいだそうです。
12日といえば、今日ではないか!
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101003
TVの取材
「歴史を動かしたプレゼン」をTV番組の中で紹介したいという取材依頼が入った。
2分半ほどにまとめられるそうで、先日、出版社の会議室でインタビューを受けた。
フリー・トーキングはふつうに話せたが、
本を一般の人に勧めるメッセージを話してくださいといわれたとたん、
セリフを喋っているようで恥ずかしくなった。
他人が作った商品の宣伝は平気でできるのに、自分の本のプロモーションをするとなると妙に照れてしまう。
そのあと、ディレクター、カメラマンと同行して、僕も会員である「トーストマスターズクラブ」の例会の模様を撮影。
僕は「プレゼンテーションのワンポイント・レッスン」と題して、5分ほど話した。
ジャケットの襟にピンマイク、腰に発信機を付けて話した。
べつだん緊張するでもなく、カメラもとくべつ意識することもなく、ふだんのとおり話せた。
トーストマスターズに通って2年、このクラブの良さは、
楽しく例会に出席しているうちに、人前で話すことに場慣れすることだ。
本にも書いたが、企画を考えるのは好きだったが、
プレゼンすること自体は、じつは好きではなかった。
好きでなかったから、なんとか上手くなりたいとお手本を探していたら、
コロンブスや秀吉の水際立ったプレゼンに出会うことになった。
プレゼンは上手くなくて、自分ではそのことをコンプレックスにも感じていた。
ところが、半年ほど前、プレゼンの本を出すという話を後輩にいたところ
、意外な言葉が返ってきた。
「林さん、プレゼン上手かったですもんね」
もしかしたら先輩をからかったのかもしれないが、そんなことを言われた。
コンプレックスというのは、ごまかさないで持ち続けていれば、
宝物に変わる・・・・・今はそう思っている。
番組はNHKで放送予定ですが、日時は未定です。
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100906
コロンブスがパワポでプレゼン!?
「歴史を動かしたプレゼン」と入れてネット検索していたら、面白いページを見つけた。「もしもコロンブスがパワポでプレゼンしていたら」と題して、
僕の本をもとに、パワポで図解化がされていた。
おもしろいことをやる人がいるなぁ、とは思ったが、期待はせずに読み進めてみると、
これがナカナカのデキだった。シンプルで説得力のある図解になっている。
作ったのは池田千恵さん。図解化のプロだった。
名前に見覚えがあるような気がしたが、「朝4時起きで、すべてがうまく回り出す」という本を去年出した女性だった。
新聞広告で見て、買おうかどうか迷った覚えがあった。
いい機会だからと、その「4時起き」と、「図解化」の本をアマゾンで注文。
さらに本の中で、「4時起き」するためのグッズとして紹介されていた高性能目覚まし、タイメックスの「スリープ・トラッカー」まで買ってしまった。
これは設定した時間に近い時間で、レム睡眠(浅い眠り)の状態になったときに起こしてくれる腕時計。(このところ朝が弱くなっていたので、重宝している)
「あなたのホームページを見たおかげで、目覚まし時計まで買ってしまったと、ホームページ経由で本人に報告した。
すぐに丁寧な返信をいただいた。
本の著者に連絡しようとして検索したが、「陶芸家の林さん」の連絡先しか分からなくて失礼しました、とあった。
「同一人物とわかって驚きました」とも。
プレゼンにパワポを使うかどうかは別にして、
図式化すればアタマの整理ができる。
池田さんのような図をまず作ってから書き進めれば、もっとラクに書けたのでは、
とも思った。
そこから思いついたこと。
良い企画は、シンプルだ。
良い企画は、良い企画書になる。
だから、良い企画書はシンプルだ。

池田さんの「もしもコロンブスがパワポでプレゼンしていたら」は、一見の価値あり!

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100806
トーストマスターズ・クラブ、他クラブの例会へ
昨夕は、千代田TMC(トーストマスターズ・クラブ)の例会にゲスト参加した。
夏休みもたけなわで、スピーチの空きが出たらしく
「ゲストスピーチやってくれませんか?」と会長のIさんからメール。
ありがたい話で、引き受けた。
僕の所属は新橋TMCで、30人近い他クラブメンバーの前で話すのは少し緊張する。
僕の持ち時間は5分から7分(+-30秒)。
千代田クラブはバイルンガル・クラブで、2時間の例会の中で英語スピーチと日本語スピーチが混在する。
トップバッターのはずだった英語スピーチの人が急遽欠席となって、日本語スピーチからスタートした。3人目が僕。
「手紙を書きませんか」というタイトルで話した。
メールの時代に、手紙のもつ膨大な情報量、手紙のすごさに気づいてもらいたいと思った。内容は、以前に書いたコラムを下敷きにした。
英語のスピーチはなくなったものと思っていたが、千代田クラブの会長がやるという。
例会の冒頭には会長挨拶もあったから、実質30分ほどの準備時間しかなかっただろうに、みごとに英語スピーチをやってのけた。
「英語のスピーチがなくなると、英語のために来ている会員に応えられないんでやりました」。責任感の背負い方と、じっさいにそれがやれてしまう能力には感動させられた。
さて、スピーチ。
コの字型に会議テーブルを並べた正面に並んだ女性たちのスカートがみなさん短くて、喋りながら、けっこう気になった。
・・・そういうことも含めて、会場の様子が目に入るということは、落ち着いて話ができたということ(だれがなんと言おうと!)。
そんなことで上達を実感するというのも、夏の例会ならではのことですね。
(ですね、で同意をもとめるのもどうかと思いますが)
投票でベストスピーカー賞をいただきました!
千代田クラブのみなさん、お世話になりました。
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100717
「身ぶり手ぶりを交えながら訴え」てはいけない?
日本振興銀行の前会長・木村剛氏ら幹部5人が逮捕された。金融庁の立ち入り検査にあたって、幹部のメールを削除するよう指示したとする検査忌避容疑だそうである。
木村剛氏については、金融コンサルのころのイメージしか僕にはないが、押しの強そうな、テラテラ脂ぎった印象だった。
逮捕された翌15日の朝日新聞。その人物を評した記事が気になった。
「木村容疑者はその持ち前の『突破力』で金融業会を切り開いてきた」と始まる記事は、こう締めくくられていた。「今年1月、ネットワーク企業の社員約3千人が参加した集会では『ネットワークとともに生きていくのが、みなさんの生きる道です』と身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」。
「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」の部分には、「口八丁、手八丁」、「自信たっぷり」「臆面もなく」といった、氏に対する記者の嫌悪感が透けて見える。
だが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴え」るのは、スピーチの基本技術のひとつ、ボディランゲージである。
ボディランゲージを身につけるのは、なかなか難しい。
ひじよりも高いところで、手を動かす。顔だけを相手に向けるのではなく、上体を前に倒して訴えかける。手は大きく動かしたあと、2秒その位置で止めると、動きにメリハリがつく・・・・などなど。
僕が所属しているトーストマスターズというクラブ。スピーチとコミュニケーションを学ぶNPO団体なのだが、そこでもボディランゲージは主要課題として学習する。
木村剛氏は日銀出身で、おそらく留学経験で身についたボディランゲージなのだろう。
こうした身ぶり手ぶりについての感想は、おそらく日本人の典型的な反応かもしれない。僕にも「自信たっぷりの相手には、警戒心を持つ」という傾向がある。
「自信を持った人」は歓迎し、「自信たっぷり」は警戒する。
微妙な違いだが、印象は大きく異なる。
ボディランゲージ。直輸入ではなく、日本人のためのボディランゲージは、どのていどが好感をもたれるかというレベルを考える必要がありそうだ。
たとえば、アメリカのテキストによれば、手を動かさないときの位置(ホームポジション)は、だらりと下げるのが良いとされる。
しょっちゅう手を動かしながら話す欧米人には良いかもしれない。でも、日本人の場合はだらりと手を下げている時間が多くなって、ちょっと手持ち無沙汰に見える。
両手の親指をクロスさせて丹田(へその下3寸)にのせた状態をホームポジションにして、そこから手を動かすのが楽だし、相手からも好感が得やすい(イチジクの葉の位置は、気になってしかたがないので、やめてください)。
けんめいに訴えたことが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」と受け取られるのはもったい。コミュニケーションは、相手の受け取り方しだいなのだ。
木村剛氏は日銀出身で、おそらく留学経験で身についたボディランゲージなのだろう。
こうした身ぶり手ぶりについての感想は、おそらく日本人の典型的な反応かもしれない。僕にも「自信たっぷりの相手には、警戒心を持つ」という傾向がある。
「自信を持った人」は歓迎し、「自信たっぷり」は警戒する。
微妙な違いだが、印象は大きく異なる。
ボディランゲージ。直輸入ではなく、日本人のためのボディランゲージは、どのていどが好感をもたれるかというレベルを考える必要がありそうだ。
たとえば、アメリカのテキストによれば、手を動かさないときの位置(ホームポジション)は、だらりと下げるのが良いとされる。
しょっちゅう手を動かしながら話す欧米人には良いかもしれない。でも、日本人の場合はだらりと手を下げている時間が多くなって、ちょっと手持ち無沙汰に見える。
両手の親指をクロスさせて丹田(へその下3寸)にのせた状態をホームポジションにして、そこから手を動かすのが楽だし、相手からも好感が得やすい(イチジクの葉の位置は、気になってしかたがないので、やめてください)。
けんめいに訴えたことが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」と受け取られるのはもったい。コミュニケーションは、相手の受け取り方しだいなのだ。
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100620
「歴史を動かしたプレゼン」(新潮新書)が出て、1ヵ月が経った。

出てすぐのころ、ツイッターでは「交渉でことごとく失敗している鳩山総理にも読んで欲しい1冊・・・・」というのがつぶやかれていた。せっかくのアドバイスも功を奏せず、首相は鳩山さんから菅さんに交代してしまった。
当初はアマゾンのベストセラー・ランキングなど気になって見に行ったものだ。なんだか子供が運動会に出ているようで、上位に食い込めば「やった!」と喜び、下がると「どうした?」となる。そのうち、勝手にランク付けなどされているのが腹立たしくもなり、チェックしなくなった。もっとも、ベストセラーのトップにでも立っていれば、そんなことは言わないでせっせとチェックを続けていたのだろうが ・・・。
アマゾンといえば、レビューは気になって見ている。友人知人からはストレートな感想はなかなかもらえないが、面識のない読者からのフィードバックがもらえてありがたい。おおむね好評でほっとしている。
書いた本人も気がつかなかったことまで教えてもらうことがある。「西洋人と日本人を2名ずつ、また、有名でかつ年代的に古いものから順に並べる等の工夫もよい」とのご指摘。「あ、たしかに古い順にならんでらぁ」というのが、僕の反応である。コロンブスを書いているとき、あとを誰にするか、何人取り上げるか、そういうことはまったく考えていなかった。驚くかもしれないか、じっさいコロンブス意外に面白いネタがあるのかどうかわからず、とにかくコロンブスを書き上げてしまおうということしか頭になかったのだ。
並べた順序は、たんに書いた順番のままである。日本人2人、西洋人2人になったのも、最初からそうしようと思ったわけではなく、面白そうなプレゼンはないかと探していたらそういうキャスティングになったということだ。つまり、なんにも考えていなかったのだ。
「プレゼン技術の本はそれ自体が良いプレゼンになっているかが大事だが、この本はそのようなレベルを軽くクリヤーしているといえるだろう」と書いてくれたのは、うれしかった。どこのどなた様か存じませぬが、ありがたいことでございます。
読んでくださったみなさま、感想をアマゾンのレビュー(http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4106103656/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1)にお願いします!
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100618
コピーのチカラ
わがトースト・マスターズ・クラブの会員に、地区の打ち上げパーティの案内をメールで送った。
僕はこういうとき、事務的な連絡文書をまわすのがなんとなくイヤだ。
工夫して楽しいメッセージにしようというような殊勝なものではなく、
なにか面白くしないと自分が落ち着かないのだ。
文面の最後は、こんなメッセージになった。
「・・・・・・その1年を祝しながらの、打ち上げパーティです。
銀座で、日本一のスピーチを2本聴いて、ワークショップがあって、軽食ドリンク付きで2000円!
(ヒトケタまちがっているんじゃないの?という声も出たため確認しましたが、
やはり2000円しか取らないそうです!!!)
これは行かない手はないのでは、と再度、案内をお送りするしだいです。
○○日までに林まで出欠の返信をください。」
コピーのチカラかどうか、10人のクラブ会員から参加するという返事をもらった。
このメールを見た、別のクラブの次期会長さんが、「伝わるメールですね」と連絡をくれた。彼のクラブでは参加者は彼1人だけとのこと。
締め切りは過ぎたが、あのメッセージで再度募集をかけたいので、使わせてほしいとのこと。もちろん、どうぞ、である。
面白いことになってきた。はたして彼のクラブの参加者が増えるかどうか。
反応が楽しみだ。
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100610トースト・マスターズ・クラブ
トーストマスターズクラブ。(※以下とリンク⇒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB )
100カ国以上の国に12,500以上のクラブがあって、25万人以上の会員がいる。カリフォルニア州に本部があって、86年の歴史を誇るコミュニケーションとスピーチを学ぶ非営利のNPOクラブ。
日本には1954年に第1号のクラブができて、現在では全国に90以上、2000人をこえる会員がいます。日本語クラブ、英語クラブ、バイリンガルクラブがあり、現在は日本語とバイリンガルクラブが急増中。
以上のような数字を知っているのは、さっきウィキペディアで調べたから。
僕は、現在、新橋トーストマスターズクラブ(日本語)(※以下とリンク⇒http://shimbashitmc.dtiblog.com/)の会員です。
去年7月からは、会長という名のお世話係をしてきて、あと一ヵ月で一年の任期が終ろうとしている。なんとも楽しい一年だった。
トーストマスターズクラブとの馴れ初めは、2008年の夏にさかのぼります。
発売されたばかりの、ブライアン・トレーシーの「話し方入門」という本を読むと、こんなことが書かれていた。「スピーチが上手になりたいと思ったアメリカの青年が、一念発起して地元のトーストマスターズクラブに入会した。やがて自分の思いを伝える楽しさに目覚めて変わっていった」。アメリカにはそんなクラブが、地方都市にもいくつもあるらしい。アメリカ人がスピーチが上手いのは、そうした草の根の教育ができているからだな。
そんな感想を持ちながら、「まさか日本にそんなクラブはないだろうけど」と、いちおうネットで検索してみた。日本にあるトーストマスターズクラブが、ずらずらと表示されたのには驚いた。すぐに溶け込みやすそうな、できてから年代の浅いクラブを探してみた。すると、なんと翌週に立ち上げるというクラブがあった。それが新橋トーストマスターズクラブだった。
見学に行った。20人ほどが出席して、第一回例会が始まった。ひとことでいえば、「向上心のある、明るい、礼儀正しい」クラブだった。見学者は、僕ともうひとり若い女性がいた。残りは、近隣クラブからの応援会員だった。例会の最後に入会表明すると会場がどよめいた。あっけに取られたが、いつもこういうノリなのだということが後になって判明。
それから11ヵ月後には、会長にさせられてしまった。本人がいちばんびっくり!だった。
スピーチとコミュニケーションの向上に興味がある人は、いちど例会を見学してみてはいかがでしょう。ホームページから申し込んでください。
今回は、新橋クラブのPRでした。
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100517
オフィシャル・サイトができて、初めての投稿です。
「歴史を動かしたプレゼン」新潮新書が5月15日に発売になりました。
発売の40日前にタイトルが決まるなんて、やはり新書は書籍というより雑誌的な機動力がイノチかもしれません。
帯の秀吉のイラストは新潮社の社内の女性が描いてくれたそうで、
言われてみればどこか女性っぽさのある秀吉で、やわらかい印象です。
スーツの秀吉案もあったそうですが、だんぜん見慣れた衣装がいいです!
※ここに本の写真
描いてくれたのは、美人の評判高い女性ですが、残念ながらまだ会わせてもらっていない。
本が売れたら会わせてと頼んだら、「たとえ売れなくても、紹介しますよ」とのこと。
でも、こういうのは、本が売れるのを条件にしたほうが良さそうだ。僕も気合を入れてプロモーションに精出すから。
売れるかどうかはともかく、書きながら楽しめた本だった。
資料を読み込んで書くのは初めてのことで、勉強するの嫌いじゃなかったんだ!という
大発見もあった。
新潮新書の通しナンバーで365冊目というのも、気に入っています。
この内容で税別680円はベラボーです。持ってけドロボー!

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100404
新書のタイトル決まりました
 都会にもこんなに桜があったのかと思わせる満開の桜。
我が家のベランダの2メートルほどに育った桜も、花をつけた。
昨夜、ぐい飲みに花びらを浮かべて晩酌しようと思い立った。
花びらを一枚だけもらおうと引っ張ったら、プチッと鋭い音を立てた。
潔く散る桜も、時が来るまでは、思いがけない力で結ばれている。
申しわけないような気になりながら、ぐい飲みの中の花筏を楽しんだ。
新書のタイトルが「歴史を動かしたプレゼン」に決まった。
しごくまっとうなところに落ち着いた感じで、とても気に入っている。
先週の金曜日に、神楽坂の新潮社に出向いて「筆者近影」を撮ってもらった。
本の裏表紙に経歴やらと並んで写真が載る。初めてのことだ。
「週末陶芸のすすめ」の文庫も、湯飲みに描いた自画像モドキでごまかしてきた。
新潮新書は写真つきと決まっているようで、
自分の好きな写真があれば、送ってもらってもいいし、ご足労願えれば撮影します、
とのこと。「無料で」とメールにあったのがおかしかった。
そして、当然お願いすることになった。
あとは、あとがきが残っているだけ。
本を書いたあと、いつもやってくる、ちょっとさびしい時間。
ああ面白かったのに、終わっちゃうんだなぁ。
5月、たぶん20日ごろの発売です。
新潮新書「歴史を動かしたプレゼン」です。
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100321
白モクレン
 白モクレンが花をつけた。三日ほど前に見つけた。
 ベランダの、池と呼んでいるメダカの住まいに浸しておいた数本の枝の
ひとつにふたつの蕾がふくらんでいて、目にしたときには思わず声をあげた。
 池に枝を浸したのは12月の、たしか初め。
再開発のための遺跡調査がはじまり、
あの白モクレンの樹がある一帯も掘り返されるのかと気になっていた。
下は、去年花をつけたときのようす。
 これほど美しい白モクレンはめったにない。
器の模様のモデルにもなってもらった。
 去年の夏から秋にかけて、何回にもわたって下草が刈られるばかりで、
樹は残すつもりのように思われた。
 そして師走に入った朝、工房に向かう道から見たのは
むざんに引き倒された姿だった。
 「なんの断りもなく・・・」そんなことを口にした覚えがある。
工房に行き、剪定ハサミを持ち出して、枝を数本切った。
 すでに花芽がわずかながらふくらみかけていた。
 それをベランダの池に沈めておいた。
もしや発根するなら鉢に植えてやろうと思った。
花はまったく期待していなかった。
 枝を持ち上げてみても、今のところ根が出ているようすはなく、
ふたまわりほど小ぶりの白モクレンの花は、
冬眠から覚めたメダカが泳ぐ池の上で
春の光をはね返している。
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100316
新書の校正
 著者校正が終って、出版社に返送するためクロネコの集配所までひとっ走りして帰ってきたところ。
 そうそう、今週、出版社の上層部会議で本のタイトルが決まるということだった。候補案のまま行くのか、それとも……。
 いずれにしても、タイトルに著者はこだわらないほうがいいと、僕は思っている。本の中身を良くしたいのはもちろんだが、タイトルは出版社の営業戦略を担っているものであり、著者の思いとは別のものだ。このタイトルで出したいと主張して、さっぱり売れなかった場合に、著者には責任の取りようがない。
 校正用の原稿には校正者のチェックがたくさん入っている。僕の書いた「高値の花」の「値」に「嶺?」根?」とチェックが入る。あ、そりゃそうだ!高い山に咲いてる花だから、手に入らないんだ。でも、「高値の花」も手が出ない。最近はやりの青いバラなんか、「高値の花」だよなぁ。などとブツブツ言いながら作業を進める。
 僕はこの「?」マークに、ときどき引っかかる。明らかな誤字にも、正字を入れた横に「?」である。おい、ケンカ売ってんのか、間違いに決まってんだろ! あえて世間で使ってる言葉とは違う言葉をあえて使おうとする大作家じゃあるまいし。「念のためうかがいますが、もしやこの字をお書きになるおつもりだったのではございませんか?いえ、ほんとに念のためなんですが……」
 ひと昔もふた昔も前の女性編集者(あるいは戦前か?)の物腰がどこかに残っているような、「?」なのだ。
 「散りばめる」は、「ちりばめる?」に変えるか、「鏤める?」か、それとも「ママ」で行くかと聞いてくる。え?「散りばめる」は正しくないの? そうかといって「鏤める」は見たことのない字だ。文字の感じからすると、蒔絵などに金箔を散らしたりするときに使う言葉のようだ。僕は、「そうかなぁ、散りばめるでいいと思うけどなぁ」とつぶやきながら、赤のサインペンで「ちりばめる」を丸で囲む。
 それにしても驚いたことがある。どうやら校正者は僕が挙げた参考文献のうち、少なくとも10冊くらいは読み込んでいることが分かったのだ。そのうえで、僕が書いたことに対して矛盾点など指摘する。「?」「念のため」などと当たりは柔らかいが、ストレートのパンチが炸裂する。
 
 中には、「うん、そういう説が一般的なんだが、僕はその説は取らなかったんだ。なぜなら…」ということも、ごくたまにあるが、ほとんどはこちらのミスだ。
 たとえば登場人物の年齢。あまり意識せず、満年齢や数え年が混在していた。それをぜんぶ数え年に直してくれた。戦国時代の武将の誕生日などほとんど調べようがない。生年が分かれば、その時点で何歳だったかが数え年なら分かる。
 そんなチェックが入った文章を校正しながら、出版文化はこういう人たちによって情報の質が維持されてきたことを思った。ウィキペディアは衆智を集めることで運営されるというが、「衆智」だと思っていることのほとんどは、元をたどれば誰かが書き、校正し、出版したものなのだ。
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100301
「読み取り革命」の名前はダテじゃなかった
 前回のブログに書いたように、僕の最初の本である「CMプランナーの仕事術」をオフィシャル・ページで公開することにしたわけだが、じつは困った問題があった。
 まだワープロの時代(僕は富士通のオアシスを使っていた)だったために、フロッピーで保管している原稿がパソコンで見られない。見られるソフトを買おうか、それとも街の「パソコンなんでも相談屋さん」に持ち込もうかと思っていたが、いつのまにかそれも忘れていた。
 今回ネットで探してみて、変換ソフトもあるにはあるが1万数千円。変換サービスはと探してみると、富士通でもやっているが、秋田のある会社が格安でやってくれることが分かった。それならと、「CMプランナーの仕事術」と「週末陶芸のすすめ」の二冊をテキスト変換してもらった。メール添付で送って、返信もメール添付。その日のうちにやってくれて、3000円ちょっとだった。
 ところが、思わぬ事態が出来(しゅったい)した。「CM…」の原稿のうち、オアシスで打ったのは半分ほどしかなかった。残りは、どこへ消えた!?それは、こういうことだった。すっかり忘れていたが、半分ほどは「映像新聞」に書いたものだった。それと、あらたに書いたものを1冊にまとめたもの。業界紙「映像新聞」の原稿は手書きしていたことを忘れていた。
 思えば僕は恵まれていた。4年ほど手書きのエッセイを書き、最初の本が出ることが決まってワープロを買った。打つ練習をしながら書いた原稿は、本になることが約束されていた。目標があったから慣れないことも苦にならなかった。三冊目の「週末陶芸家になろう」はノートパソコンで書いた。
 いまでもそうだが、いきなりキイ・ボードで原稿を書くというのができない。このブログはいきなり打っているが、原稿の場合はできない。小さい字でサインペンでメモするように書いてから、パソコンに向かう。清書というのとは違って、メモとはずいぶん違ってくることが多い。それでも、僕はメモが必要だ。メモはたいてい喫茶店で書く。顔見知りでない人たちの中、というのがいちばん気持ちが開放されるような気がする。
 さて、「読み取り革命」。手書き原稿分がごっそり抜け落ちた「CMプランナーの仕事術」。ふと、日本語の読み取りソフトはどうだろう、と思った。ずっと以前に試したことがあったが、正答率5割未満という印象だった。今回、10日間お試し無料のパナソニックの「読み取り革命 Ver14」をダウンロードして使ってみた。
 感動した!僕はアフェリエイトなどというケチなものは利用していないので、本心である。使用実感でいうと、97%くらいの正当率に思えた。まちがって縦のものを横にしてスキャンしたら、文字を読み取るのにエラク悩み始めるのがご愛嬌だった。
 あと1日で、お試し期間が終る。12,800円……悩ましい値段に価格設定がされている。明日もう一日、いろいろスキャンしてから考えよう!
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100227
石井慎二さんの訃報
別冊「宝島」を創刊した編集長で、宝島社の子会社・洋泉社の代表取締役社長の石井慎二さんが亡くなった。2月14日のことだそうだが、今日それを知った。
 僕の最初の単行本「CMプランナーの仕事術」(洋泉社'96年刊)は、石井さんとの出会いから生まれた。
 「CMプランナーの手紙」と題して広告の業界紙に連載していたエッセイがもとになった。本のあとがきには「宝島社の石井慎二氏から『本にしないか』というお話をいただいた」と書いた。それはウソではないのだが、大きな省略がある。僕が原稿を売り込んで、それに対して「本にしないか」という返事をいただいたというのが、正しい経緯である。ま、そうは受け取られないように、カッコつけて書いたのであるが……。
 いちど遊びにきませんかと言われて、宝島社を訪問したときには、出版の予定月や印税のパーセンテージも決まっていた。「それで良ければ……」という提示で、僕としては小躍りしたくなるような出来事だった。石井さんは、小太りで、飄々とした物腰だったが、メガネの奥の眼光は鋭かった。
 
 石井さんのことは宝島社の人、としか思っていなかった。本が出たあとになって、別冊「宝島」を創刊した人だったことを知った。僕が以前から持っていた単行本「出版界の仕掛け人」に、風雲児の一人として石井さんが紹介されていた。
 
 最近、「CMプランナーの仕事術」を譲って(売って)もらえないかという相談を受けた。すでに絶版になり、僕の手持ちも数冊しかない。古書はアマゾンに出ているが、3千円をこえる値段で二の足を踏んでいるとのこと。別のネット古書店に出ていた格安のものを紹介した。大学かどこかで教えているらしく、「教材として使いたい」という話だった。
 読みたい人がいるならと、こんど作るオフィシャル・サイトでは、この本の全ページを公開することにした。あとがきを読み直していて、石井さんの名前にひさびさに出会い、どうしておられるかとグーグルで検索してみた。新聞で見落としていた訃報が載っていた。まだ68歳。
 あの最初の本があったから、陶芸の本も書くことができた。著書があることが実績になって、陶芸の本の企画を持ち込んだ二社の両方からいい返事がもらえた。
 
 「CMプランナーの仕事術」を本にするにあたっては、じつはそうとうなエネルギーを費やした。石井さんが連絡をくれる前に、僕は34社に売り込みをかけた。来る日も来る日も出版社に手紙を書き(手書きしました!)、業界紙に書いた原稿の一部を同封して送り続けた。35社目で初めて連絡をもらった。それが石井さんだった。(これは初公開の打ち明け話!)
 「ウチの本のラインナップに、広告関係があってもいいなと思ったんですよ」初対面のとき石井さんはそう言った。本の企画と出版社との出会いは、「お見合い」ですね。めげずにお見合いを続けてめぐりあった一社。一社というより、ひとりの編集者です。たくさん来るだろう売り込みの中から、よくぞ拾い上げてもらえたものだと思います。
 石井慎二さん、ご冥福をお祈りします。
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100208
朝日チャリティ美術展
 全国の美術関係者が寄贈した作品を販売して、その収益を社会福祉事業にあてるという「朝日チャリティ美術展」の季節が巡ってきた。
僕にとっては、今年で12回目のチャリティ出品である。はじめて「御寄贈いただけますか」という手紙が舞い込んだのは、博多に単身赴任していた時代のこと。日本伝統工芸展に2回目の入選を果たしたあとで、僕は大喜びで寄贈した。
なぜそんなに喜んだのかというと、以前「陶磁郎」(10「名前の力」)に書いたので、ごらんいただければ、僕の性格もあわせて即座に理解いただけると思う。
今年は「おしろいばな黒釉丸皿」を出品することにした。先ほど近所にあるクロネコの集荷場までクルマをとばした。ここで毎年、梱包を手伝ってもらっている。いちおう割れないていどにプチプチでくるんで持っていくのだが、「これじゃアブナイですね」と言って、その場で空き箱を調達して、いろんな梱包財を詰めてパッケージしてくれる。
梱包するのは、本来は「お客さま」の仕事のはずだが、機嫌よくやってくれる。こういう社員やパートの人の働きぶりを見ていると、「宅配便」というそれまでなかった事業を始めたヤマトの底力を感じる。社風というものは、こうした現場で働く人に色濃く現われるものかもしれない。
博多に赴任していたときは、朝日新聞の西部本社でも同様の催しをやっていて、東京と両方に出品していた。近所の郵便局に作品を持っていった。郵便局から物を送るのは初めてで、梱包は郵便局でやってもらえるものと思い込んでいた。紙袋にやきもの皿を入れて持っていった。窓口の若い女性の職員が、「では、お預かりします」と言って紙袋をどこかに持っていった。途中、紙袋が棚に当って「コツン!」と音がした。ヒヤリとした。
翌日、西部本社から電話があった。届いた皿が割れていたという。「こう言っては、なんですけどねぇ。ほかの方はみなさん、きちんと包装されて送って来られますよ」「・・・・」あのまま、皿をハダカで入れたままの紙袋を送ったんだ・・・・。
後日、賠償の話し合いがあり、すんなり全額が出た。郵政省の時代だから、とうぜん原資は税金からである。僕は、なにか嫌味をいった覚えがある。

□「第85回朝日チャリティー美術展」
□会期 2010年3/5(金)~3/8(月)
□会場 東京 松屋銀座
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100207
うれしいメール
今日届いたメールには、おもわず「へぇ!」と声をあげた。
以下のような内容だった。
「御多忙の中、恐縮です。初めてホ-ムペ-ジを拝見しました。
つくる陶磁郎が休刊になって淋しくなりましたが、「焼きもの扮戦記」が楽しみでした。メ-ルマガジン読みたいと思っています。陶芸教室の開校を祝します」
ムダのない、簡にして潔な文面。住所が書いてあって、
福岡県遠賀郡岡垣町東高倉・・・・・おお、懐かしい福岡。遠賀郡といえば、たしか高倉健さんの故郷?地図検索してみると、高倉神社というのがある。健さんの本名はたしか小田だから、この神社から高倉の名をもらったのか・・・。
メールの最後にお名前があって、すこし離れて「83歳」。
メールができる83歳はかっこいいなぁ。
12年連載を書かせてもらった「つくる陶磁郎」(双葉社)が休刊になって、最後の原稿の末尾にこう書いた。
「49回目の「季刊・つくる陶磁郎」。この10数年というもの、季節が変るころになると編集部の竹見さんから電話が入った。「そろそろ次を・・・」この稿を書くことが習慣になり、身体にしみこんだリズムのようになっていた。急に止めるのは身体に悪そうなので、以後は僕のホームページに場所を移して、書き続けようと思っている。教室は、2010年桜の頃に開校する予定です。また、お会いしましょう」
この稿を目に留めてもらってメールをいただいた。25歳年上の人が、楽しみにしてくれていたのだと思うと、生半可なことしか分かっていない若造が知ったようなことを書きとばしてきた恥も忘れて、うれしくなる。
「つくる陶磁郎」が続いていれば、今月末には50号が出ていた。それに間に合うように新作の原稿とイラストを仕上げよう。読者に約束(勝手に!)したんだから。
ホームページ「寧日工房」の「つくる陶磁郎 単身赴任・やきもの扮戦記」 に載せることにしよう。
いま確認したら、19話までは載せているので、それ以降のバックナンバーも順次掲載してゆきます。
しばらく休んでいたメールマガジンも復活させよう。
そんな気になったのも、遠賀郡在住の83歳さんのおかげです!

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100201
「なごり雪」と「22才の別れ」
 暖かかったきのうの日曜日。世田谷区民会館のコンサートに行った。
NPO法人わんぱくクラブ育成会が主催するコンサートで、2回目の参加である。クラブの運営にかかわっているKちゃんから誘われて、去年初めて行った。Kちゃんは、学生時代に属していた油絵のサークルの2年後輩だ。
去年の出演は庄野真代さんだった。懐かしい曲が聴けて、また曲の間のお喋りも楽しかった。会場で会う約束をしたサークル時代の友人たち3人と30数年ぶりの再会。Kちゃんからは「Yさんと会うとすごくびっくりするかもしれませんよ」とメールで事前に言われて、なんだろうと思っていたが(まぁ予想はついていたが)、潔いタイプの頭髪の持ち主だったことが判明した。
さて、今年の出演はTMネットワークのメンバーだった木根尚登さん。スペシャルゲストは伊勢正三さんで、いきなり「なごり雪」をやられた。学生時代のBGMともいえる曲が続いた。「海岸通り」「22才の別れ」・・・。伊勢正三さんのライブを聴くのは初めてだ。開演直前に入ったために、今年も来ているはずの友人たちにはまだ会っていない。この曲が流れている会場で彼ら彼女らも聴いていると思うと、30数年前のいくつかの情景がよぎっていった。
 
伊勢正三さんのトークの中で出た次の言葉が忘れられない。
「『なごり雪』は、初めて作詞作曲したものなんです。その翌日に作ったのが『22才の別れ』です」
驚いた。あのふたつの曲が、たてつづけに生まれたとは。
コンサートのあと、去年と同じようにみんなと一杯やれるかと思っていたが、駅で解散。館山と行田の向こうまで帰るなら、しょうがないか。そういえば去年は土曜日だった。
※追記
学生時代のサークルの名前は、「やんぐいーぜる」。フォークグループみたいな名前が、いま書くとちょっと気恥ずかしい。今でもあるかと検索してみたら、35年経った今でもあった。「造形美術研究会やんぐいーぜる」だって。当時は「造形」ウンヌンは付いていなかった。いつの代だかに「カタイ名前のほうが就職の面接で有利なんじゃない?」とかの理由で付けたのではなかろうか。ブログをちらっと覗くと、油絵をガンガン描いているふうには見えず、アート関係が好きというだけの軟派のサークルらしい。
僕の時代にもヌードクロッキーや女子大との合同スケッチハイクをやるとなると、こんなに部員がいたか?というほど集まってきた(ま、そのひとりが自分であることは間違いないのだが・・・)。伝統とは、たくましくも、おそろしい。
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100129
隠れラジオ体操ファン
 隠れラジオ体操ファンである。
博多に単身赴任していたとき以来だから、もう15年近い年季が入っている。どこかに集まって、というのではなく、ただラジオを聴きながらの一人体操。朝体操できなかった日は、なんとなく身体にオイルが回っていないような、淀んだ感じが夕方まで続く。
指導員の紅一点、オカモト・ミカちゃんのファンである。ラジオの声でしか知らないから、オカモトは岡本だろうが、美香ちゃんか、美加ちゃんか、美佳ちゃんか定かではない。それほど若くはなさそうだが、声に底抜けの明るさがある。若くないなら、あの明るさにはなおのこと値打ちがある。
日曜日担当である。「はいっ、いっち にぃ さん しっ・・・」
ミカちゃんの号令に合わせて体操していると、自分が幼稚園児に戻ったようなトキメキ(言葉が違うような気がするが合っているようにも思う)がある。
僕がラジオ体操を始めたころだったと思うが、ミカちゃんではない別の女性が指導していた。声がヒステリックで、なんだか、収容所で女看守に命令されて体操させられているような、妙に反抗心がわく声だった。
それがミカちゃんに代わったときの歓びをご想像いただきたい。収容所から幼稚園へ。女看守からお姉さん先生へ、である。テープにまで録って、1日2本(回ではなく、本と呼びたい)の体操をこなしたりもするようになった。
当初元気一杯にはじけていたミカちゃんだが、どこからかクレームでも来たか、ややおとなし目の号令に変わった。それはそれで落ち着いたいい感じではある。望むらくは一ヶ月に一度くらいは、おもわずこちらがのけぞるような、あの声がひっくり返るチカラいっぱいの号令で、幼稚園児になりきって体操してみたいものである。
(オジサン向けの有料ラジオ体操というのは、事業化できそうな気がする。キイワードは「癒しと健康」。なんとなく風俗のニオイがしないでもないが・・・)
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100128
偶然の恵み
 駅前の丸善書店に行った。
あったら買おうと決めていた二冊の本がなかった。その書棚をながめていたら、「日本古典読本」(筑摩書房)が目についた。
万葉集にはじまり、古事記、伊勢・源氏物語、和泉式部・蜻蛉日記、枕草子、徒然草、風姿花伝、奥の細道、本居宣長のもののあはれ論、円朝の牡丹灯篭・・・。明治以前に書かれた90篇ほどから、一部分を抜き出したアンソロジーだ。
僕はこういう本が好きだ。同じ筑摩の本で「高校生のための文章読本」や「高校生のための小説案内」などという本を40代になってから読んだ。前者を読まなかったらモーパッサンの文章に触れることなどなかっただろうし、後者を読まなかったら中沢けいの書くものも知らないままだったろう。
今日買った「日本古典読本」は1988年発行で、現在18刷。どうして今まで、手に取る機会がなかったのかと思うほどで、見かければ買わずにおれなかったはずだ。
偶然出会ういい本、偶然出合ういい文章、というのが好きだ。なにか儲かったような気がする。
このところ調べ物をして書くことが多い。ネットの書店で、タイトルから検討をつけてガバッと買う、いわゆる「大人買い」することが多くなった。でも、ネットでは探している方面の本にしか出会えない。
今日の目当ては日本語関連の本だったから、古典とは直接の関係はない。でも、書棚で見かければ「そう、それが欲しかったんだ!」となって、現に僕は購入した。
「見渡す」とか、「ひととおり見て回る」とかいうことがネットは極端に下手だ。検索の森の奥深くどんどん入って行ってしまう。「欲しい物しか手に入らない」これはネット社会のいちばんの欠点だろう。
僕は電子辞書は使わない。辞書を開いて目当ての言葉の、その周辺の言葉をだらだら読むのが楽しい。「偶然を拒否するものはすべてに拒否される」というのは、誰の言葉だっけ?ついでに言えば、ネットは、誰かがもうすでに知っていることしか教えてくれない。
ともかく、書店に足を運んだせいで、今まで自分から求めて読むことはなかった
昔の人の文章に触れることができる。
しばらくはお風呂の友になりそうだ。ポッチャンしないよう気をつけよう。
(風呂にはたいてい本を持って入ってます。旺文社文庫の「徒然草」が常備本だと、ある人に言ったら笑われた。旺文社文庫は、本文と現代語訳が見開きページで見られるという素晴らしさ。ああいう体裁の文庫をがんばって出し続けて欲しかった。)
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100119
冷え込み
 この数日、ぐんと冷え込んで、ベランダの「池」と呼んでいる・・・・
「池」にも氷が張るようになった。
サンダルでそっと踏んでみたら、思いのほか厚く、本気で踏むと、ミシと音がした。
夏には睡蓮が咲き、メダカがスイスイ泳ぐのだが、いまは石の陰に隠れている。
 こんなふうに冷え込んだときに、桜の花芽作りのスイッチが入るのだそうだ。植物学者の書いた本で読んだことがある。暖かくなってスイッチが入ったのでは、開花の季節が遅れてしまう、というのはもっともだ。
でも、暖かい日が続いたときではなくて、冷え込んだ日が続いたときにスイッチが入って、花の準備が始まるというのは、なにか象徴的なことに思える。
冷え込んでいる日本列島です。
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100107
こころは折れるもの?
 藤井財務大臣が辞意を表明したと書いた、昨日の朝日新聞朝刊。
社会面の見出しは、「こころが折れた?」夕刊の素粒子でも、「こころが折れた」を使っていた。
 この言い方は、去年のWBCでイチローが「こころが折れそうだった」と言ったのが初出ではなかろうか。こころは、ふんわりしたもの、というイメージが自分の中にあって、
聞きなれない言い回しに、違和感を覚えながらも新鮮な印象をもった。
 折れるなら、硬いものだ。そして「折れそう」というなら、あるていどしなやかで、
それでも限界をこえて持ちこたえられないと感じた、ということだろうか。イチローはこころを、肉体を支える杖のようなものとして認識しているのだろうか。
 いままでになかった日本語の言い回しだと思うのだが、そうだとしたらイチローは新しい日本語表現を生み出してしまったことになる。
イチローが使った意味をはなれて、こわばり、かたくなになっている僕たちのこころにフィットする言い回しなのかもしれない。
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100104
 明けまして、おめでとうございます。

2010年というのは、数字の並びも良くて、なんとなく良くなりそうな気がします。
 さて、気分を一新して、ブログのサイトをこちらに移しました。しばらくは、慣れないために書き込むのにも手間取りそうですが、すぐスラスラできるでしょう。
今年前半の予定。
■4月に陶芸教室を始める予定で、準備に入りました。
今の工房の一階を教室。2階を書斎と個人の作陶スペースにするつもりです。どう改装するかの打ち合わせの最終段階に入り、今月中には改装に着手できそうです。
■5月に「プレゼンテーション+歴史上の人物」の新書が出る予定。
「これぞ、プレゼンのチカラ!」と言えるサクセスを、歴史の中に取材しました。コミュニケーション、説得力、プレゼン、歴史、などに興味がある人にはお勧め!ひさびさの陶芸以外の本です!
企画から3年越しの本で、まぁ良く資料を読んだこと。江戸初期の資料にもあたりましたが古語ではないものの、中途半端な古さが面白かった。スラスラ読めそうになくせに、つっかえる。
英語の本にもあたったりで、合計すると自分の背の高さに近い資料を読んだのではないかしらん。資料にあたって本を書くという経験がこれまでなかったので、それなりの難しさもあったけれど、ああ面白かったというのが今の感想です。
 自分は勉強するのがもしかしたら好きなのかもしれない。そんなことを、初めて思った作業でありました。前書きとあとがきを残して、ほぼ書き終わりました。
ということで、今年もよろしくお願いします!

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by yasuhikohayashi | 2017-10-05 15:31

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
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