40数年ぶりの「コンバット」

今日もスカッと晴れました。

一日中工房にこもって陶芸をやって、
午後9時に間に合うように、必死で帰ってきました。

じつは、昨日から「コンバット」にハマッてしまって。
BS-2で放送されていますが、懐かしさから昨日テレビを点けてみて・・・マイリマシタ。

40数年ぶりに見る「コンバット」。
小学生時代がまざまざとよみがえって来ました。
ナイター中継のジャイアンツ戦が雨で中止になると、コンバットが放送された。
岡山の山の中の少年は、ジャイアンツ=アメリカ軍、毎回違う対戦相手=ドイツ軍
という図式がアタマの中に出来上がってしまいました。

コンバットは父も熱心に見ていて、終わるとふたりで連れ立って
母屋の外の長屋の横にある「ベンジョ」に行った。
「ヘンリー中尉がサンダース軍曹を助けないのはおかしい」
とかの感想を僕は述べるわけですが・・・・
父がなんと応えたのかは記憶にありません。
ただ、ふたりで連れションしながら「男同士の話をしている」と意識したのを覚えています。
父は、いつになく真面目に応えてくれていたような。

小学生の僕には、それがとても秘密めいた会話のようで、
コンバットのあとの連れションを楽しみにしていました。

いま、40年ぶりにコンバットを見て・・・・・・
あれは「戦争モノではなくて、
「徴兵された市民が極限状況において試される、倫理の基礎体力」といったドラマではなかったか。
一幕物、ワン・シチュエーションの舞台劇のように思えます。

それにしても、激戦地にいながら兵士たちは上官にもかなり率直にものを言う。
当時のアメリカ人が見てリアリティーがあったということに驚きます。
徴兵される前にいた普通の暮らしの中に、市民としての基礎体力があったのでしょう。

40年が経ちました。
去年、一年間、僕はマンツーマンの英会話を習いに学校に通っていました。
アメリカ人講師のとき、よせばいいのに政治的な話になってしまいました。
He is not what he was.
彼女の母国のことを、僕はこう言ってしまい、
彼女が「私はそうは思わない」というのを半分期待していましたが、
そのときは珍しく反論しませんでした。
政治向きの話は、規則で制限されているのかもしれません。

そうそう、サンダース軍曹の声、田中信夫さんがやっていました。
当時の吹き替えのままのようです。
渋い声に惹かれて、田中さんとはなんども仕事をしたのに、
あのサンダース軍曹だったとは気がつかなかった。

田中さん、小学生の僕は、あんたのことをずいぶん心配してやったんだぞ。
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by yasuhikohayashi | 2005-11-09 22:58

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
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