<   2005年 09月 ( 6 )   > この月の画像一覧

入試問題事件

ある人から教えられて、「事件」を知りました。
一昨年の暮れに朝日新聞「私の視点」に載った、僕の投稿原稿
「外来語の言いかえはコピー感覚で」が、今年春の高校入試に出題されたようです。
横浜の、ある私立高校。これは僕には大事件です。

いったいどういう試験問題になったんだろう。僕は、だいたい気分で書くほうだから、
論理的な矛盾点などがたくさんあるだろうし、あんな文章でアタマをひねって答えを出さねばならない受験生がちょっと気の毒。
まさか、「この文章の、論理的な矛盾点をあげよ」とかいう問題じゃないだろうな。

自分でも設問に答えてみたいと思って、高校に電話を入れて入試問題のコピーをいただけないかと掛け合ってみました。
電話の向こうの先生は「勝手に使わせていただいて・・・」と恐縮されていましたが、
もともと新聞という公器に載ったものだし、僕はただ、興味があって連絡したことを話しました。
「調べてみます」と言ってくださったものの、入試情報を外部に出すのには会議が必要なのかもしれません。

どんな試験問題になったのか、首を長くして連絡を待っているところです。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-22 13:49
夏休みに水をやれず、葉をすべて落としてしまったバルコニーの芙蓉。
今朝、今年初めての花を咲かせました。
ゼロから再スタートして6週間。涼しくなってしまうのと競争するように新しい葉を出して、蕾をふくらませました。芙蓉にとっては残暑の厳しさが幸いしたようです。
昨日は蕾の先が裂けて赤いものが見えていたので、朝を楽しみにして寝ました。
蕾をたくさんつけているので、しばらくは朝が楽しみです。
「寝床に就くときに、翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である」とヒルティーが書いているそうです。

そういえば、窯が冷めて翌朝には開けられるなどというときも、遠足の前の日の幼稚園児のような気分。一ヶ月に何度も「幸福な人」になっているわけですね。
e0057104_9525037.jpg

手前のススキが穂を伸ばし始め、奥の萩にも花がチラホラ。
どこからやってきたのか、8月の末から1匹のコオロギが夜ごと鳴いています。地上にいるメスにチョッカイを出しているのかと思うほどの大声をはりあげます。地上10階のベランダはナンパにはすこぶる悪条件。つかまえて地上の盛り場に連れて行ってやろうかとも思案しました。
うるさいのが玉にキズとはいえ、せっかくの秋の風情を追い出すのももったいない。
「工房の近くからメスを掴まえてきてもいいかなぁ」と家人に訴えてみたものの、あえなく門前払い。
昨夜から、オッチョコチョイがもう1匹。ちょっとおとなしい声の2匹目が鳴き始めました。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-14 09:57

秋の新作です。

渋谷区代官山のギャラリー「器る・くーる」さんの展覧会用(※個展ではありません)
に20点ばかり送り出しました。
じつは、まだ制作途中のものもあって、追っかけで持参するつもりでいます。
昨日送ったものの中から、数点紹介します。


器る・クール「こだわりの器展」
 会期 9/15(木)~10/12(水)
11時~20時(月曜=定休日)


ご高覧いただければ幸いです。

e0057104_1413872.jpg


e0057104_1432320.jpg

布目白化粧の技法です。高原の秋、湖畔の秋をイメージしました。尻尾にちょんと赤絵を。


e0057104_144747.jpg


e0057104_1461162.jpg

たかつき、と皿。
新しく面白がってやっているもので、お月さんなんぞはどうかな、と思いまして。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-12 14:41

カレー屋さんのゴルゴ

ランチのために駅前にあるチェーン店のカレー屋さんへ。
今日のように窯を焚いていて短時間で戻ってこなければいけないときや、
時間のないときにはよく行きます。

チキンステーキ・カレー、600円也を自動販売機で買って
カウンターへ。
カレーが運ばれてきて食べようとすると、すぐうしろに人の気配。
ふりむいてみると、20歳くらいの若者がボーッと立っている。
空いた席はたくさんある。なのに他人の真うしろに立つ理由がわからない。

スプーンを手にしたまま、僕はちょっと不安になる。
アタマのおかしいヤツだったら・・・・・。
食べるために頭を下げる動作は無防備すぎる。

なんとも落ちつかないので尋ねてみた。
「あの、なんでそこに立ってるの?」
若者は応えた。
「お弁当ができるの待ってるんですけど・・・」
「あ、なるほど。・・・わかりました」

そのあと、ついよけいなことを口走ってしまった。
「すぐうしろに立たれるの、落ちつかないんだよね」
若者は、僕の言葉を無視した。

このごろ、思ったことを腹におさめておくことができなくなった。
もともとこらえ性のないところに、
会社勤めをやめてからは感情を抑える訓練の場もなくなってしまった。
抑制が効かなくなることが多くなった。

相手にまっとうな応えを反されたときが、なおいけない。
ふりあげたコブシの持って行き場がなくなって、妙な当たり方をしてしまう。
それにしても、今日のはケンカを売ってるよなぁ。
相手が悪かったらどうなっていたやら。

ごちそうさまを言って店を出るだんになっても
若者はおとなしくテイクアウトの弁当を待っていた。

店を出て自転車に乗ろうとして、あることに気がついた、
「俺のうしろに立つな」
あれは、ゴルゴ13のセリフだった。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-06 13:25
「伝統は戴くものではなくて、踏まえるもの」と先日書いて、
なんだか自分でも、ちょっと気に入りました。
そのあと反芻しています。「伝統って何?」

「踏まえる」ということから連想したのは1本の若木。
若木が踏まえているのは、養分をふんだんに含んだ土。
その養分は、以前その地に生えていた木々の葉や、幹が朽ちたもの。

若木はそれを踏まえて、根から自分に必要な養分を吸い上げて育つ。

なんだ、伝統って、先人が残してくれた「肥やし」のことじゃないか、
と気がついた。
いくら大木でも、そのままでは肥やしにはならない。
原型をとどめないくらい朽ちてくれないと、養分をもらえない。
ヤドリギでもないかぎり消化不良を起こしてしまう。
ヤドリギは、宿り主よりずっと小さい。うん、これはなかなか象徴的。
接木(つぎき)は?うん、これもますます象徴的だ。
ヤドリギも接木も、伝統を踏まえないで、戴いてるんじゃないかな。
伝統の七光・・・・。

釉薬を作るときには植物の灰を使う。
灰は植物ごとに成分比が違う。
松の灰には鉄分がたっぷりで、
ワラや竹には珪酸分が多い。
鉄分も珪酸分も、すべて地面から吸い上げたものだ。
植物ごとに地面からもらうものに違いがあるのが面白い。
たとえ鉄分が少ない土地でも、松はほかの木よりも多くの鉄分を吸い上げる。
珪酸の少ない土地でも、竹は珪酸分を好んで吸収する。

足元にある肥えた土から、おそらく無意識のうちに何かをもらう。
おなじ土地に生えても、松は松になるし竹は竹になる。
なるほど、それが個性というものではないだろうか。

個性的な人は個性的な服なんか着ない、と誰かが言ってたっけ。


と、なんだか理屈っぽいことを書いてしまいました。
今日は、早朝から電気の窯とガスの窯の両方を焚いています。
今週末には都内・代官山のギャラリー「器(うつわ)る・くーる」さんの展覧会用に
搬入しなくてはならず、ものすごく慌てているところです。

8月にのんびりしたのがいけなかった。
夏休みギリギリまで遊んで、必死に宿題やって、それでも間に合わなくて
「できてるんですけど、持ってくるの忘れました」
と、始業式の日に言い訳していたのを思い出します。
性格は変わらないものですね。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-06 11:15
日本伝統工芸展入選発表が朝日新聞紙上でありました。
前夜は夜中に目が覚めたりしないように、やや深酒をして床についたのに
やっぱり4時には目が覚めた。

薄暗い中、新聞はまだかと玄関まで行ったり来たり。
4時15分に行ったときには、配達のお兄さんとバッタリで
お互いにちょっとびっくり。

拍手(かしわで)をパンパンと打ってから朝日の地方版を開いたら
選挙一色の紙面の片隅に千葉県の入選者たち。
陶芸部門、7人のなかに自分の名前がありました。

開く前、名前がない場合に自分を納得させる理由を挙げてみた。
「図柄がシンプルすぎたかな」
このところ、「芸術点」よりも「技術点」重視の傾向が見られるから
もっと複雑なものにすれば、気に入られただろうな。
でも、ぎりぎり余分な要素も色もそぎ落とした図柄だから、それが分からないんだったら
「日本伝統工芸技術展」とかに名前を変えたほうがいい。
また僕のような、古くから伝わる釉薬を使っていない者を落とすんだったら、
「日本伝承工芸展」に変えたほうがいい。

自分を納得させるための理由をいくつも挙げて、
心の準備をしてから開いたわけです。
この歳になると、自分が傷つかないよう予防線を張るのがうまくなってきます。

入選は、やはりうれしいものでポンと肩をたたかれた気分になれます。

去年は正会員に認定される4回目の入選がかかっていたので、
プレッシャーがたいへんでした。
ダメだったときに、自分のやっている方向性に悩むのではないか、というのが怖かった。
「他人の評価で自信がついたと言う人がいるが、それは『自信』ではなくて『他信』だ」と
洋画の中川一政さんが書いていましたが、僕はそれほど強くない。
「他信」でもなんでも、もらえるものはもらいたい。


工芸をやっていると「伝統とはなにか」といった本質的なことにぶつかります。
「伝統」と「伝承」の違いとは何だろう。
今時点で、おぼろげに僕が考えているのは、こんなことです。

伝統とは、「昔生まれて、いまの空気を吸って、いまも育っているもの」。
伝承とは、「昔生まれて、昔の空気を吸って育ち、いま生き残っているもの」。

自分のやっていることのベースに「伝統」があるのかどうか、正直よくわかりません。
乱暴な言い方をすれば、なにも桃山を踏まえてなくても、
さらには弥生や縄文に根がなくてもいいのではないか。
人間がサルだった時代から目に入れて蓄えられてきた「美意識」のようなものが、
無意識のうちに出てくれば、それを「伝統」と言っても差しつかえないのではないか。

ま、そのくらいいいかげんに「伝統」という言葉を受け止めています。
いずれにしても、伝統は戴くものではなくて、踏まえるものだと思っています。

ところで、美しい形ってなんだろう。
壷など見ていて、きれいだなと感じて、なぜキレイと感じたのかと考えてみると、
何かの果実や種の形に似ていることに思い至ったりします。
森の中でエサを探していたサルは、きっと美味しい果実や種の形をしたものに
「!」と良く反応する目を持っていたのではないだろうか。
壷や花器の姿の向こうに、いまも人はサルだった時代の果実や種の形を見ているのかもしれません。

調子に乗って、おしゃべりが過ぎたようです。

6月、7月と準備して、伝統工芸展に搬入してから審査結果が出るまで
一ヶ月の宙ぶらりん。
ああ、長かった夏が終わりました。

e0057104_1126495.jpg


★写真は、工房の煙突を背景に、九月の風にそよぐ菊芋の花
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-09-02 09:57

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30