<   2005年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

芙蓉の扶養

先日、至近距離を通過した台風11号は、マンションの最上階の我が家のベランダでも暴れました。
さいわい、萩を植えた大鉢が倒れてごろごろと転がったていどで、
プランターに植えたゴーヤーも、穂を出し始めたススキの大鉢も無事でした。

ルーフ・バルコニーがわりあい広いので、野山で掘ってきた植物などを鉢植えして楽しんでいます。ススキ、萩、箱根ウツギ、芙蓉、イロハカエデなど、ごくありきたりの草木ですが
そういうどこにでもあるようなものが、ときにハッとするような風情を見せてくれます。

芙蓉は博多からやってきました。
単身赴任していた時代に通勤の行きかえりに見かけて気に入っていた芙蓉の木がありました。
小川の石垣のあいだに根を張って、川面に覆いかぶさるように枝を伸ばしていた。
あの木は、僕が植物に話しかけた最初のものではなかったか。

その夏、初めて桃色の花を咲かせているのを見たときには、思わず足を止めてバッグから
スケッチブックを取り出した。鉛筆を走らせながら、「サラリーマンが通勤途中でスケッチして
いるというのは、そうとうヤバイぞ。戻れないところに一歩踏み出してしまったのではないか」
そんなことを意識しました。

帰任して一年足らず経った冬。博多に出張する機会があって、5年間暮らしたマンションを訪ねてみました。管理員のおじさんと1年ぶりの対面。1003の部屋にはやはり東京からの単身赴任者が入っているとのこと。当たりまえのことながら、馴染んだ部屋ですでに別の生活が始まっているというのは不思議な気がします。

宿泊先のビジネスホテルに歩いて戻る途中で、芙蓉の木に再会しました。
葉を落とした芙蓉の枝は寒そうだった。
「ごめん」と、いちおう断ってから枝を数本折り取りました。
ホテルの洗面所のシンクに水を張って浸し、翌日切り口に水を含ませたトイレットペーパーを巻いてランドリーバッグに入れて持ち帰りました。

バケツに水を張って活けておいた枝の切り口から根がのびた春、鉢に植えました。

花をつけるようになったのは、4年経った去年から。
今年は・・・・、夏休みで不在のあいだに水を涸らしたために、葉はすべて落ちて蕾も全滅。
枯れるかと気を揉みましたが、しばらくすると新しい葉が出ました。

「涼しくなる前に花ば咲かせたかよ。連れてきたからには、しっかり扶養してくれんといかんばい」
季節の移ろいとの競争の毎日、僕に文句をいいながらも、芙蓉の蕾はしだいに大きくなっています。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-08-28 13:14

ブログの文章

ブログに載せるメッセージ、どんな文体で書こうかとけっこう迷っています。
文体というほど大げさでもなくて、どんなふうに書くのが気分がいいのかな
というていどですが。
会話体にしたほうがPCの画面では違和感がないかな、とか、
エッセイっぽく、やや書き言葉に近いほうが読みやすいかな、とか。

会話体なら、メールと同じだからラクはラクなのですが
ただのダベリになってしまうのも気になります。

先日、ある出版社の方から「小説書いてみる気はないですか?」
などという思いがけないことを言われて驚きました。
エッセイ・モドキの散文が限度だと自分でもわかっているし、
買いかぶってくれたのをまともに取るほど脳天気でもないし、
だいいち、架空の主人公が登場する話なんてどう書けばいいのやら。

でもなぁと、反応している自分もいます。

自分の中の新しい部分を発見することくらい楽しいことはないし、
陶芸を続けてきたのも、自分の中の知らなかった部分、
たとえば、自分が美しいと感じる形や土のマチエール。
キレイだと思う花、嫌な感じがする花。
冬の雀の様子に、もののあわれを感じるようになった自分の年齢のことなど。
陶芸をしなければ気がつかなかったことにたくさん出会えています。

だから、小説も書いてみればきっと何か発見があるかもしれないな、
と、ちょっとワクワクしてきました。
「大きなことを書こうとするから書けないだ。字のとおり小さな説を書けばいいんだよ」
とある作家がなにかに書いていました。

発表の場を作ってやると言われたわけでもないし、
怠け者なのでいつになるのか、はたして形になるのか、雲をつかむような話ですが
やってみようかなと思っています。
やって損することは何もないんだから。

前回のブログの文体が、なんだかちょっと書き言葉に近くなったのは
そんなことがあったからです。
なにしろお調子者で、すぐにその気になる性格ですから。

ブログにはどんな文体が似合うか、なんてことはあまり考えず、
その日の気分で文章のトーンはコロコロ変わると思いますが
お付き合いくださいませ。

「小説はどうなりました?」というようなコメントは、
体に悪いから入れないように。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-08-25 15:10
ボールがバットに当たった手ごたえがたしかにあった。
昼下がり、書斎でごろんと横になって本を読んでいるうちに転寝してしまっていた。

僕は高校球児として甲子園に出ていた。
バッターボックスに入ったとき、ゲームは大詰めを迎えているようで大きな声援が聞こえた。

こういう場面で怖気づくはずの性格なのに、よけいな雑念がないのがふしぎ。
いきなりのバッターボックスで、プレシャーを感じる余裕もなかったのだろう。
豪腕の相手ピッチャーの球に、すこし遅れ気味にバットを出した。
ガツッとした手ごたえがあった。

球の行方は見えなかったが、必死で走って二塁打になった。
塁上で応援席に向かって手を挙げた。歓声が押し寄せてきた。

僕のあとの辻君というバッターが、また二塁打をかっ飛ばして
僕のときよりも大きな歓声があがり、同点だった試合は勝ち越し。
実況中継のアナウンサーが辻君くんをさかんに褒めた。
ヒーロー役を奪われて、僕はちょっと不満だった。

意識がしだいに戻ってきた。ラジオが点けっぱなしになっている。
「林君の二塁打に続いて、辻君の二塁打で勝ち越し・・・・・」
・・・実況が続いていた。

夏の甲子園の準決勝、駒大付属苫小牧高校VS大阪桐蔭高校の試合。
ラジオの中継のままに、
僕は苫小牧のキャプテンで先頭バッターの「林君」になりきって
バッターボックスに立っていたのである。

それにしても二塁打になった当たりは、はっきりと手ごたえがあった。
目が覚めてからうれしくなった。
僕は、桐蔭の150キロピッチャーの辻内君から二塁打をかっとばしたのだった。

しかし、52にもなって甲子園球児になった夢を見るなんて。
昼寝したときにはあまり気分のいい夢は見ないものだが
このときはじつに爽やかな目覚めだった。

中学1年のとき野球部に入り、練習のキツさに一学期で退部した
あの鬱屈感の何分の一かは二塁打が吹きとばしてくれた。

苫小牧の林君、ありがとう。

ついでに言えば、甲子園の高校球児たちというのは、
僕が中学生のときには、ずっと年上に見えた。
高校生になっても変わらなかった。
そうして、プレッシャーにめげず闘う彼らのことが
恥かしながら、いまだに年上に見えてしかたがないのである。
[PR]
by yasuhikohayashi | 2005-08-21 16:07

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31