来年のことになりますが、2月からエッセイ講座の講師を始めることにしました。
あるカルチャーセンターから依頼があって、お受けすることにしました。
これがなかなか面白い経緯をたどりました。

当初、陶芸講座の講師をお願いしたいとのメールをいただいたのですが、
これはお断りしました。
数年前にも、別のセンターから同様の依頼があったのですが、受けなかった。
理由は、出向いて教えるなら、現在自分の工房で週2日教えているのを3日に増やしたいから。

同じ理由で、今回もお断りした。ところが、今回は、手ごわかった。
陶芸がダメなら、書くことの講座をお願いできないか、とのこと。
メールでやり取りする中で、いろいろな企画が思い浮かんだ。
「ホームページやブログの書き方」広告のプランナーとして長年仕事をしてきた経験から、
読む人の立場に立った、具体的なアドバイスできる点が多々ありそうに思えた。

また、「エッセイ講座」にも食指が動いた。僕の書いた本は、どれもエッセイの要素が強い。
自分の経験の中から、忘れようとしても忘れられないうれしいこと、恥ずかしいこと、困ったこと・・・。
そんなあれこれを、読んだ人が楽しめることを念頭において書いてきた。
陶芸の本、しかり。CMプランナーの本もプレゼンの本も、しかり。

しかし、エッセイの講座がやれるほど、オマエはエッセイがうまいのかと訊かれると
答えるまでもなく、ノー!と自信をもっていえる。
ただ、中年になってから、僕には決めたことがある。
「いただいた話は、断らない」これである。
自分にできるかどうかは分からない。でも、できると思って話を持ってきてくれた人がいるのだ。
「できません」というのは、それこそ不遜というものであろう。
自分からは決して開けることのない扉が、向こう側からギギッと開いてくれたのかもしれない。

この10年ほど、毎年ひとつは新しいことを始めることを意識してきた。去年は、ジムに行き始めた。いまも週に3回のペースで続いている。
今年は、陶芸で新しい技法を始めた。なにしろ世界でおそらく自分一人しかやっていない技法で、試行錯誤の連続だ。
(こんな手間のかかる、めんどくさいことをやる粋狂な人間がいるわけがない!)
このところやっと目途がついて、このやり方で展覧会にも入選するようになった。

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※擦彩 白椿文大鉢 (部分)

エッセイ講座を始めれば、来年も途切れることなく、新しいことができる。
どんな出会いがあるか、いまから楽しみです。

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【エッセイ講座】
時間:第1、第3土曜日の17時~19時(2018年2月スタート)
場所:ヨークカルチャーセンター八柱(千葉県松戸市 イトーヨーカ堂八柱店) 

お問合せ:047-385-2321
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# by yasuhikohayashi | 2017-11-18 18:44
先月のことになりますが、習志野市役所から頼まれて、記念品の皿を制作した。
ラムサール条約つながりの交流会で訪問するオーストラリア・ブリスベン市からの賓客に
記念品を渡したいが、可能かどうかの打診が電話であった。
ちょうど、郷里である倉敷に向かうために駅に急いでいた道でのこと。
詳しいことはメールをいただきたいと言うと、丁寧なメッセージが届いた。

倉敷から帰った翌日に工房で市の担当者とお会いした。
ネックは制作日数だった。14日しかない。
デザインは倉敷の実家で考えた。
ラムサール条約(水鳥湿地保全条約)に登録されている、習志野市の谷津干潟。
湿地つながりで姉妹都市になったブリスベンからの賓客なら、干潟や水辺を感じさせるものは作れないか。
織部皿の中央に緑釉を溜めて深みとして、その周囲には水辺のきらめきを表現したらどうか。
記念品だから、器というより少し非日常的な雰囲気も出したいから、4本脚を付けよう。
そんなふうに考えた。
しかし、いかんせん時間がない。

打ち合わせは金曜だったが、「その線で上司と相談させてください」とのこと。
そのあと電話をもらい、上司はもう帰宅したので、休み明けの月曜に話します、とのこと。
2日が空転する!

翌日の土曜日、朝から作業を始めた。
月曜日に断られても、自分の作品にすればいいのだ。

月曜日に電話をもらった。
「大丈夫です、お願いしたとおりで進めてください」
僕は、待ってましたとばかり言った。
「もう、できてます!」
もちろん焼きあがってはいない。土日で、いわゆる成形を終わって、乾燥の工程に入ったところだ。
賓客3名に3個必要なのだが、傷などできてはまずいので8個作った。

そこからは、あまり試したことのない裏技を駆使して時間を稼いだ。
まだ乾きかけの作品を電気炉に入れ、150度まで1時間で温度を上げて、そのまま5時間150度をキープ。
温度が下がってからこわごわフタを開けてみると、見事に完全乾燥。
そのまま、800度に温度を上げて素焼きが完了した。
そのあと4個に織部釉を掛けて本焼き。
金曜日に打ち合わせをして、翌週の金曜には焼きあがって窯から出した。
なんと正味、一週間で4個が仕上がった。

10日後には、8個全部が焼きあがった。
約束の期限を待たずに作品を渡すことができた。
市長から記念品を受け取った3名の賓客は、たいそう喜んでくれたと、後日、職員からうかがった。

ラムサール条約が縁で、ブリスベン市に鳥のように渡って行った作品は
いまごろ、向こうの生活に溶け込んでいるだろうか。

作品名「Waterside Impression ・水辺の印象」
  横29.0㎝ 縦19.5㎝ 高7.5㎝

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# by yasuhikohayashi | 2017-10-07 18:12

131010
結婚式に両親へのプレゼント
結婚式に、お茶碗をご両親にプレゼントするのが流行っているようです。
あるいは、「還暦を迎えた母にプレゼントしたい」というような申し込みが
このところ増えています。
教室に、そんなメールや電話が入り始めた当初は、
正直言って戸惑いました。
素人がつくったお茶碗で、おいしくご飯がいただけるだろうか?
手にとって使う食器には、熟練した技が必要です。
和食器が世界一と言われる理由は、私たち日本人が食器を手に持って
食事する習慣のせいです。
大きさだけでなく、重さ、バランス、口当たりなど
隅々まで注意を行き渡らせなくてはなりません。

じっさいにアドバイスしながら作ってみて、いろんなことに気付きました。
手順をきちんと守ってもらえば、そこそこのレベルのものができること。
そしてもうひとつ。
プレゼントするのは、器という形をした「気持ち」と「時間」であること。
ありがとうの気持を、形あるものにして渡したいと願う。
大切な人のことを想いながら、お茶碗を作る時間。
そのふたつを、相手に手渡したいのです。
そのことに気付いてから、戸惑いはなくなりました。
指の跡が多少残っても、それはその人にしか残せないサインです。
たとえ少しゆがんでいても、
それは渡したときの会話を弾ませてくれるでしょう。
お茶碗という形になった「気持ちと時間」をプレゼントしてください。
受け取った方に喜んでいただけるよう、しっかりアドバイスします。
写真は、Y.Aさんがお母さんにプレゼントしたお茶碗。

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130921
陶芸教室
数日前に「体験レッスン」申し込みのメールをもらった。
若い女性のようで、彼に灰皿をプレゼントしたい、とのこと。
灰皿だけでなく、皿かお茶碗も時間内に作れるから、やってみましょうと連絡しておいた。
今朝早くにメールが入っていた。
以下紹介すると
「すみません、今回の件はキャンセルさせてください。
彼に灰皿を作ることを言ったら、灰皿は汚れるからもったいなくて使えないし、
かといって使わないわけにもいかなくて困るからやめてほしいと言われてしまい、
プレゼントは他のものにすることにしました。
あまり食に興味がない人なのでお皿やお茶碗を作っても・・・
なのでまったく別のものをと考えています。
勝手で申し訳ないのですが、10月4日の予約はキャンセルでお願いします。」
それまでにもらったメールも、とても丁寧なものだったので
「わかりました」とだけ返事するのも面白くないので、以下を書いて送った。
「キャンセルの件、了解いたしました。
僕は相当なスモーカーでしたが
(今のタバコの価格に換算して約1000万円が煙と消えました)、
3年前に禁煙してから、タバコが大嫌いになりました。
だから灰皿という話をうかがって、・・・ではありました。
やめてから食事が美味しくなりました。
咳き込まなくなりました。
息があがらなくなりました。
アタマが臭くなくなりました。
部屋の壁紙が真っ白なままです。
彼にはタバコをやめてもらって
食事が美味しくなるから
食器をプレゼントしましょう!!
あ、もう一つアイデア提案!
愛情のこもった灰皿をつくってプレゼントして
使えないので、ついでにタバコはやめてもらって
観賞用や食事用に使う、というのはどうでしょう。
ちょっと本気で、そう思いました。
では。
林寧彦」

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121023
ミス・インターナショナル
ミス・インターナショナルの歴史60年で、初めて日本女性が一位の栄冠に輝きました。
吉松育江さん。
じつは、彼女とは3年前にお会いしました。
新橋トーストマスターズ・クラブというコミュニケーションとスピーチを学ぶサークルに
彼女が見学に来て、入会しました。
スピーチも二回されたのを覚えています。
「ミス・インターナショナルの日本代表をめざしています」
と言い切りました。
たしかに美女には違いないのですが、高校時代に陸上部で県大会で優勝したというように
体育会系の凛々しさのほうが優っているように思えました。
あれから3年。
3年のあいだ、彼女は夢を持ち続けていた。そしてキチンと夢にはしごをかけるための目標を設定して、
それをクリアしていった。
3年という歳月は、そこに届くんですね。
僕は自分の体験から「3年あれば丸ごと変わる」と言ってきました。
自分でもついていけないくらい自分が変わってゆくのを実感した経験があります。
「オレって、3年前とは別人じゃん」と自分で驚きました。
その何百倍かを吉松さんは走ったに違いありません。
ブログを読むと、いかに自分を律してきたか、25歳とは思えない精進ぶりです。
「ミス達は容姿端麗はあたりまえ、差がつくのはスピーチです」と彼女はインタビューで話したそうです。
賢い人だと思います。
彼女の前にこれから用意される舞台で、さらに大きく羽ばたく準備はできていると思います。
女優さんとしては陰影がなさすぎるかもしれないけれど、
しばらくは忙殺されると思いますが、
文章もいいから、書いてお喋りもできるタレント(ほんとうの意味の)に育つのではないでしょうか。

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121016
韓国版「歴史を動かしたプレゼン」出ました。

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前回お知らせした韓国版「歴史を動かしたプレゼン」、
9月12日に出版されました。
日中関係ほどではないにしろ、日韓の間でも領土問題が浮上した時期に当たりました。
送られてきた新刊本を手にして、新刊本の時にはいつもするように
本の匂いを嗅いでみました。好きなんだなぁ、この瞬間が。
インクと糊の匂いは、万国共通だった。
PDFをプリントして本に巻いたものと違って、じっさいの本は彼の地で出版されたことを実感させてくれる。
表紙のデザインがとても新しい感覚で知的な印象。、日本ではあまり見かけない装丁だ。
鮮烈な赤は鷹の爪(唐辛子)。花瓶に生けたくなるようなたくさんのサヤをつけた姿が好きだ。
でも、本のタイトルすら、右から読むのか左から読むのか定かではなく、
ページをめくってもまったく意味が取れない。
しかたなく本を弄んでいるうちに、妙なことに気がついた。
PDFで送られてきた表紙デザインと、じっさいの本の表紙が違っている。
本では地球の上に積まれた書物の上に、ギリシャかローマ人の彫像が載っている。
ところが、PDFで送られてきたデザインプランは、別の人物だった。
町人のマゲを結って、和服、手には尺八、後ろ姿は小太り・・・・
これは本に登場する大黒屋光太夫に間違いありません。

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ロシアを訪問した冒険家がスケッチした光太夫の横顔は見たことがありますが、
後ろ姿は初めて見ます。
デザイナーが資料とにらめっこしながらイメージをふくらませて、
後ろ姿を描きあげてくれたのでしょう。
それが、ギリシャかローマ人の彫像に変わった。
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理由は、おそらくこういうことでしょう。
原案のままでは、地球の上に君臨する日本人のような印象を与える。
そう取られたら時節柄マズイだろう。
ということで、急きょ、あの彫像に差し替えられた、ということでしょう。
著者の知らないところでの出来事ですが、光太夫のデザインはとても良くて、
どんなことがあろうと帰国できそうな強運の持ち主の後ろ姿に描かれています。
描いたイラストレーターは、さぞ残念だったことでしょう。
新しい彫像の足が、きちんと書物に乗っていないのも、
もしかしたら彼の意地なのかな、と想像をたくましくしています。
領土問題の波は、僕の小さな本の足元にまで打ち寄せて、
気に入っていた表紙を濡らしました。

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120824
韓国版「歴史を動かしたプレゼン」

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一昨年に出版した「歴史を動かしたプレゼン(新潮新書)」の韓国版が出ることになりました。
ハングルに翻訳されて韓国の出版社から出ます。
昨日、表紙のプランがPDFで送られてきたので、カラーコピーして別の本に巻きつけてみた。
パソコンの画面で見るのとは違って、重さも感じられて(こういう感覚って大切)、
ほんとうにあの国の書店に並ぶんだと実感できた。
韓国には3回行ったことがあります。
最後に行ったのは1999年。日本のテーマパークの広告を企画して、
コンピュータ・グラフィックを韓国スタッフと協力して仕上げました。
仕事の質の高さと、連続する徹夜仕事も当然のように行なう彼らの頑張りに感動を覚えた。
仕事がオフの日ができて、僕はタクシーを半日チャーターして、利川(イチョン)にある海剛陶磁美術館に足を運んだ。
海剛氏は高麗青磁の再現に力を尽くした人物(故人)で、敷地には美術館、陶磁研究所、私邸などがあった。
訪れたとき、訪問客は少なく、庭を歩いているうちに工房の入口まで来てしまった。
中では二人の男性が象嵌を削り出していた。若者の方は、海剛氏のお孫さんだろうか。
なにか話したかったが、韓国の言葉は話せない。
僕は近くの椅子に腰を下ろして、削り用のカンナを動かす二人の手元を見ていた。
僕がそこにいることを訝るでもなく、ひたすらに手を動かしていた。
午後の工房には静かな時間が流れていた。
帰りに運転手さんに「食事にしましょうか」と声をかけながら、
ジェスチャーで左手をお茶碗の形にして、右手の人差し指と中指で箸の形を作って
口に運ぶようにした。
運転手さんはニッコリ笑って、右手でグーを作ると口のそばに持ってゆく動作をした。
スプーンを使っているのだ。
日本と韓国、顔はお互い区別がつかないほど似ているのに、「食べる」という生きるための基本動作が違うことに気がついた。
一週間ほどの滞在で、韓国のことが大好きになっていたが、突き放されたような気がした。
安易に韓国のことを分かったつもりになってはいけないのだ。

新しい本が、新しい人と、いい出会いをしてくれることを祈ります。
発売の詳しい日にちは聞いていませんが、おそらく10月になるでしょう。
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120720
久しぶりの投稿です

世阿弥の花伝書の一部を発表会で朗読したという人から
話をうかがっているうちに、思い出したり啓発されたりしたことがあった。
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120721
脳梗塞。そのとき陶芸をしていて良かった!

僕が開いている陶芸教室で、先週会員の一人からこんな話を聞いた。
「じつは、先週教室に来て、その翌日に人間ドックを受けたんです」
そう切り出した彼、60代前半の会員は、話を続けた。
その人間ドッグで脳梗塞が見つかり、すぐに5日間の検査入院をすることになった。
担当医が驚いたそうだ。
「脳梗塞の状態から考えると、手がもっと動かなっても不思議ではない状態なのに・・・」
ちゃんと手が動くことを不思議がられたという。
脳梗塞が起きたのは前日と考えられたため、「昨日、手を動かす仕事をなにかされていましたか?」
と担当医は尋ねた。
「陶芸をやっていました」と答えると、「それが良かったんでしょうね」と言われたという。
じつはその当日、彼が釉薬を掛けようとしたときにちょっとした「出来事」があった。
流し掛けした釉薬がボウルを外れて、流しに流れてしまった。
「手が回らないんですよ」
そういう彼に、「へんな言い訳するか!」と言いたいところを飲み込んだ。
不機嫌な顔はしていたと思う。
言い訳ではなくて、ほんとうに手が回らなかったのだ。
それにしても、僕の知らないうちに他人の役に立てたようで、
教室を始めて良かったと思えることがまたひとつ増えた。
「でも手の動きは鈍いし、特に右手は無理に力を入れると、一瞬、指が固まります」
彼は手を見せながらそう言った。べつだん動かしにくそうには、僕には見えなかった。
薬で血栓はなくなり、カテーテルなどの施術は不要だったとのこと。
「担当医の話では、日常生活には支障ないとの事です。
面倒な生徒だと思いますが、リハビリのためにもこれからよろしくお願いします」
彼はややあらたまってそう言ってくれた。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。
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120525
ワークショップ、直前(明日です!)になりましたがご案内です!

トーストマスターズクラブのDistrict76(全国大会)で、ワークショップを担当します。
講演形式のワークショップです。
演題は「プレゼン:人を動かすコミュニケーション技術」
日時:5月26日(土)11:15~11:55AM
会場:クロス・ウェーブ幕張302号室
   千葉市美浜区中瀬1-3
http://icfcctmc.web.fc2.com/

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# by yasuhikohayashi | 2017-10-05 15:48

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111224
クリスマス・イブの客

イブに陶芸体験したいというカップルに付きあいました。
いったいどんな動機なのか知りたかったので、開講日ではないけれど断りませんでした。
22歳と20歳のふたり。
男の子はライブをやったりしてるミュージシャン志望(かな?)の若者。
女の子は礼儀正しく、上品な御嬢さん。
「今年のイブは、ふつうじゃないことをして過ごしたいね」と
話したのが始まりだそうだ。
イルミネーションのあるところとか、そういうのじゃないところ・・・。
「陶芸がいいね」ということで、すぐに話がまとまった。
彼女がずっと前にどこかでご家族と陶芸体験したのが
楽しい記憶になっていたらしい。
ネットで、教室探しを始めた。
僕の教室にした決め手は、「教室のHPのイラストがかわいかったので」
とのこと。
オレのイラストやんか!
(ちなみに同じイラストで、電柱広告を近所に数本出しています
 ⇒こんなの)

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当初、ロクロ体験したいということだったけど、メールで話してみて
「湯飲みのようなもの」ではなくて、なにかちゃんとしたものを作りたそう。
ロクロにするか、手びねりにするかは、当日までに考えておいてもらうことにした。
教室に来ても迷っていたようだが、
両方の体験の作例がちょうど焼きあがっていたので
見せたら、手びねりに決まった。
2時間半の予定が、延びにのびて4時間半。
途中からは、これも縁だから付き合ってやっか!という気分。
最後は男の子が高台脇をけずりすぎて、内側にぽこんと飛び出したりしたが、
まぁいいかと、そのまま完成。
女の子のは、いい感じにできあがった。
最後は声をそろえて、「すっごく面白かったです!!」
近所にご飯を食べに行くというので、
まぁまぁ美味しいお店を教えてあげた。
メリークリスマス!
ちょっと早いけど、良いお年を!
なんて送り出した、今年のイブでした。
こんなイブも、たまにはいいものだ。

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111218
ベランダの四季5
すっかり更新が止まってしまった「ベランダの四季」ですが、
3か月分を載せます。

【10月】
ススキ

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伊豆の山で見つけて、穂が美しかったので掘って持ち帰ったのは
そうか、あれは20世紀のことになる。
毎年10月には楽しませてくれる。
11月、12月のススキも、それぞれに風情があって良い。
パッションフルーツ
果実がしだいに大きくなってきた。
霜が降りるまでは外に出しておきたい。
すこし紫に色づいてから収穫。そして追熟させる予定。

だんだんいい色になってきた。
花はかなりの数咲いたが、けっきょく残った実は3個。
肥料を多めにやったおかげで、3個はこれまでで最多である。

【11月】
パッションフルーツ

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なかなか色づいてくれず、やきもきしたが、
このところ少しだけ紫っぽくなってきた。
収穫はもう少し先。
南の植物だから、霜が気になる。
イチョウ(公孫樹)
永平寺に一日修行(禅の体験)に行ったとき、
境内に落ちていた銀杏を拾ってきて鉢に植えた。
今年は気温が下がらなかったせいか、紅葉は期待外れだった。

山桜

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伊豆の山から(なんだか盗んできたように聞こえるので、いちおう
断っておくと、自分の所有地です。狭いですが)掘ってきた。
30センチほどだったのが、こんなに育って、二年前からは花も付けるようになった。
秋ぶ色づく葉が好きだ。

富有柿(ふゆうがき)

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いい色になってきた。
12月まで取らないでいたら、一個が熟して落ちた。
残った二個を収穫して、熟し切った実をおいしくいただいた。

【12月】
ツワブキ

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屋久島でもらってきたのが、ふた鉢に増えた。
娘が11歳の春休みに、二人旅した。雨に降りこめられて
縄文杉は見られなかった。クルマで近くまで行ける弥生杉は見ることができた。
雨のおかげで、たくさん話ができた。
民宿で食べたトビウオの刺身の味は、いまだに思い出す。
楓(かえで)
日本橋三越で開かれた日本伝統工芸展の立会当番をしたときに、
屋上の植木売場(ほかにふさわしい名前があったような気がするが)で
気に入って買い求めた。
古き良き百貨店の空気が残っているような、あの屋上が好きだ。
島らっきょう
沖縄物産展をやっていたので、根付きのものを買ってきた。
酒の肴にするつもりだったが、一部をプランターに植えた。
食べきれずにどんどん増えて、大きなプランターが二つになった。
一株抜いて、球根をバラバラにして、一個を植え戻す。
残りは晩酌の友。酢味噌をつけると、しゃきっと美味い!
パッションフルーツ
池に氷が張った翌日、ぜんぶ収穫した。
まだ青いのも多かったが、枝を切り戻して室内に入れてやらないと枯れてしまう。
32個が採れました!
追熟させて、皮がしわしわになったら、食べごろ。
それまで楽しみに待つことにしよう。
鉢は室内に入れてやった。

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111018
ケーブルTVの取材がありました。

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噺家で切り絵師の柳家松太郎さんが、教室に立ち寄ってくれました。
番組名は「駅からマップ」。今回は京成津田沼駅から散歩をスタートして、見ごろを迎えた谷津バラ園までの道で出会うあれこれを紹介するそうです。
以前に何度か見た番組で、地元についての発見もあって、なかなか良い番組だと思っていました。
一週間ほど前にディレクターが一人でふらっと寄って、今回の取材が決まりました。
「ロクロを挽いてみましょうか」、というお決まりの方向に誘導してしまいましたが、
松太郎さん、まったくの初めてということでしたが果敢に挑戦されました。
回転するロクロの上で作りかけた湯飲みがすっ飛んで・・・・盛り上がる、などという
けしからんことを期待していました。
始めてみると、その集中力に驚き。
切り落としたらもう戻せない、切り絵師として磨いた集中の仕方を感じました。
一度目から、土玉がちゃんと両手の中で回っているのには舌を巻いた。
これなら基本の湯飲みではなくて、もっと高度なことができるかもと欲が出て、
皿を作ってもらうことにした。
いやはや器用なこと。底が少しへこんでいるものの、立派な皿ができた。
切り糸で切る方法をアドバイスしたら、すっとできてしまった。
おそらく教わり方がうまいのだ。教わったとおりのことをそのままやってくれる。
これがなかなかできないことを、自分が教えるようになって知った。
切り絵の師匠に弟子入りしたときのことも話に出たが、
全部受け入れて従うことが、おそらく技を受け継ぐための唯一の方法なのだ。
それを習い性として、身につけておられるのだろう。
「ものを作るのにこれだけ集中した経験は、陶芸が初めてです」という
印象的な感想が聞けた。
ともかく、皿ができてしまった。これが、その皿。
径12センチ。本人は酒が飲みたいとのことで、それなら杯(さかずき)だ。
さて、ロクロへの挑戦が終わって、切り絵の時間。
「何か切ってほしいものを言ってください」
そこで、無理とはおもいながら「ロクロを挽いてる姿」を頼んでみた。
ほんとうに、なんの打ち合わせもナシである。
ロクロに集中していたから、僕の姿など眼中になかっただろうに。
そうしてできた切り絵がこれ。

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ロクロまでちゃんと切ってある。
右手が上がっているのには理由があって、
ロクロを挽くときには脇いて、指先は下を向けるように
アドバイスしたとおりの姿。
僕の横顔、メガネまでかけている。むむむ、たしかに似ている(ちょっといい男すぎるが)。

柳家松太郎さんとスタッフが帰ったあとで気が付いたことがある。
初めてロクロをやると、たいていはドベ(粘土のヌタ)が服に付いてしまう。
今でこそ服に付かなくなったが、始めて数年間は服がよく汚れた。
ところが松太郎さんの服には(袖も長かったのに)ドベが無かった。
ほんとうにロクロ、初挑戦だったのだろうか。
もしもそうなら、大したものだ。
皿は、希望を聞いた釉薬をかけて焼く予定。
焼けたらもういちど撮影に来てくれるそうだから
放送では、焼きあがった皿が披露できそうだ。
こういう小回りがきくところが利くところが、
ケーブルTVならではの良さだろう。
教室が休みだったため、応援できてもらった会員たちと記念写真!
(あれ?打ち合わせなしでふらりと立ち寄ったんじゃなかったっけ!?
また、そんな素人みたいなことを・・・)
ちなみにケーブルテレビ局は「JCN船橋習志野」。
千葉県西部(野田市、流山市、松戸市、市川市、船橋市、習志野市、千葉市、葛飾区)で見られます。
番組名は「駅からマップ」。
2011年11月/1日~11月/9日に放送されます。
ちなみに、加入・視聴方法など詳しくは⇒0120-100-565 だそうです。

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111006
スティーブ・ジョブズ氏の逝去。

アップルの創立者で元CEOのスティーブ・ジョブズ(56歳)が10月5日に亡くなった。と言っても、彼についての知識といえば、「驚異のプレゼン」など数冊の本からのものだけだ。
なにか感想でも書こうと思って、ネットで検索してみたら日経オンラインの関連記事http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110203/218284/の中に
私の「歴史を動かしたプレゼン」の書評が載っていて驚いた。2010年9月6日の記事。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100902/216090/
出版社経由でも知らせてもらってないから、「ダマテン」なのだろう。他人の本を俎上に上げるなら、知らせてくれるくらいはしてくれてもいいのにと思う。好意的に書いてくれているのでなおさらだ。
さて、スティーブ・ジョブズ氏。本を読んだときに思ったのは、「彼のプレゼンがすごいのではない。すごいのは商品だ」ということ。「iPhone」、「iPad」という商品を世の中に発表するとき、下手なプレゼンができるのならやってみてほしい。彼が発表のときに使う小道具の巧みさ、登場の仕方など、細かいことを取り上げて「プレゼンの天才」という人がいる。そこを見てしまうと、何も学習できないのではないか。
プレゼン自体の素晴らしさを言うなら、世界にこれまで存在しなかった遊び心いっぱいの製品を、遊び心いっぱいに、つまり「素直に」紹介したことだ。開発戦略から発表時のイメージ戦略までがブレることなく一貫している。スティーブ・ジョブズというアーティストが、作品をはじめて発表したのがプレゼンという場だった。
彼の使った小道具やパフォーマンスに目を取られて、カッコイイ!とマネするのは愚かなことだ。学ぶなら次の点。製品と世界観を共有するアイデアが散りばめられたプレゼンが行なわれたこと。
 広告の大先輩がこう言った。「良い企画(広告会社では企画、製造業では製品)をヘタにプレゼンするのは難しい。だから企画にエネルギーを注げ」
※先日、以上を書いたのですが、思いついたことがあるので書き足します。
CMプランナーがプランを持ち寄る会議で、自分のアイデアを発表するときに
妙なクセのある人がいた。プランを出す前に、かならず「クスッ」と笑ってから説明を始める。自分が思いついたアイデアが、もう面白くてたまらないらしい。
それをやられると、こちらに準備が整ってしまう。つまり、「かなり面白いんだろうな」、という期待感が、である。
自分の頭の中から出てきたものが面白くてたまらない、というパフォーマンスで製品を発表したジョブズのことを考えていたら、そのプランナーのことを思い出した。
 プレゼンや発表をするときには、これをみなさんに提案、発表できることがうれしくてたまらない、という気持ちを最初に聴衆に伝えたいものだ。
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110926
ベランダの四季 4. 九月の花
季節の変化に追いつかなくなってしまった。
そこで、今回は今月咲いてくれた花をバタバタと並べます。

睡蓮
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ベランダの「池」に咲いた。池と呼んでいるけど、じつはセメントを練るプラスティックの箱に水を溜めたもの。
工房からクズ粘土を持ってきて、植木鉢につめて地下茎を植えた。粘土にはイワシの煮干を入れた。
睡蓮は魚から栄養分をもらうのだ。わがベランダの池に来て6年ほどになる。

昼顔

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洋物だ。ケープタウンなんとかという名前がついていたと思う。おそろしいほどの生命力。
宿根で、たしか4年目になる。
手すりを這ったあと、桜の樹に登った。ちなみに桜は一昨年から花が咲くようになった。
ぐい飲みに日本酒、そこに花びらを一枚浮かべるのが花の季節の定番になった。

槿(むくげ)
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伊豆の民家になんとも色の良い槿が咲いていた。10年ほど前のこと。数本もらってきて挿し木にした。
一本が根を下ろした。鉢植えのせいか、土の養分の違いか、あの民家の槿の色にはかなわない。

これも伊豆の山の中で調達。冬に切り詰めるが、見事に枝を伸ばす。
これらの写真は、すべて先週の台風の前に撮ったもの。
風で傷んだものもあるが、大きな被害はなかった。

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110908
ベランダの四季 3

パッションフルーツ
 南国のフルーツが我がベランダで伸び伸びと育っている。
種は沖縄生まれで、ひょんなことで知り合った沖縄の女性からいただいたパッションフルーツ。
僕の2冊目の本「週末陶芸のすすめ」を購入したいとメールをもらった。
せっかく沖縄からなので、おカネのかわりに物々交換しませんかと提案して、僕が本を送り、
沖縄からはずっしりと重いフルーツ盛り合わせの箱が届いた。
どう考えても僕が得をした物々交換だった。

その箱の中にパッションフルーツも入っていた。
噛んだときのプチプチと弾ける感触が好きなのだが、少しの量だけ潰すのを我慢して植木鉢に蒔いて・・・。
蒔いてと言っても、ドロッとしているから土にこすり付けて、土を少量すくって上からパラパラ。
たしか3年前の秋だった。芽が出て、ヒョロッとしたツルが伸びた。
大丈夫かなと心配になるような細さで、寒さを避けて部屋に入れてやった。

 息も絶え絶えといった状態だったが、5株の苗が冬を越して、5月になってベランダへ。
夏になってからの伸び方は異様だった。
支えの渦巻き支柱をぐんぐん登り、支柱は僕の背の高さまでしかないので、ツルは方向転換させてふたたび下方へ。
もういちどテッペンに届いたあたりで、秋になった。
たくさん花が咲き、実を付けたのだが、霜が降りる前に部屋に入れた。
せっかく伸びた枝を切り詰めたが、実は5個ほど残した。
部屋の中では日光が足りず、実が落ちるようになった。
そして春がめぐってきたと思ったら、最後まで残っていた1個が力尽きた。

 今年、5月になって再びベランダに出した。直径40センチほどの大鉢に植え替え、ツルは思い切り(10cmほどに)切り詰めた。
5株のパッションフルーツは、梅雨に入るとツルを伸ばし始めた。
様子をうかがっているような伸び方だったのが、7月に入ると暴力的な成長を見せた。
背にして立つと、腕に絡まれるのではと妄想させられるほど、巻きヒゲが伸びる。
しかもヒゲは強靭で、他の植物に絡みつくと、なかなかはずせない。
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 8月の中ごろに涼しい日が続いて花が咲いた。しばらく置いて、この2、3日、また数多く咲くようになった。
時計草に似た美しい花を咲かせる。宇宙ステーションを思わせたりもする。
どこか不気味なのは、あの成長の速度を知っているからか。
今年はフルーツを味わえるだろうか。楽しみにしよう。

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110903
ベランダの四季 2

「芙蓉(ふよう)」

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酔芙蓉の次が芙蓉では、いかにも芸がない。
とはいえ、僕の九州時代、徒歩通勤の途中で出会う芙蓉にはずいぶんと励まされた。
2001年の春に出版した「週末陶芸家になろう!」には、こんなふうに書いている。
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単身赴任している福岡では、人恋しさも手伝って植物に声をかけるのがクセになった。
徒歩通勤の途中で出会う芙蓉(ふよう)の花が好きだ。小川の石垣のすきまに根を張ってがんばっている。
初めて見たときには腰ほどの背丈だったものが、今では僕の背丈をこえた。水の上に枝を広げた姿は風格さえ漂わせている。

毎年、七月二十日ごろに最初の花を咲かせる。
薄桃色の端然としたなかに艶(えん)を含んだこの花に出会うと、今年も夏が来たんだと実感する。
「あ、咲いたねぇ。今年は涼しい日が続いたから、まだまだだと安心してたんだろう。
急に夏が来たからあわてたよなぁ」と、声をかけたりしている。
はたからみれば、気の変なおじさんである。通勤の途中で足を止めてスケッチブックを広げたことも何度かある。

 なぜ植物が好きなのかをあらためて考えてみると、その健気さにあるのではないかと思う。
植物は、あきらめるということを知らない。石垣のすきまにほんのわずかでも土があれば、そこに希望を託す。
盛夏をとっくに過ぎて、もうすぐ霜の季節を迎えようという頃になっても、芙蓉はせっせと蕾を準備している。
一人暮らしをしながら、僕は植物にどんなに励まされたことだろう。
最近の遺伝子の研究によると、植物の遺伝子と同じものが人にも伝わっているのだそうだ。(以上、「週末陶芸家になろう!」2001年双葉社より)

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じつは、東京に戻って2年ほどして、出張で福岡に行く機会があった。夜、僕はある企みを胸にホテルを出た。中心部の天神から新川ぞいの道をたどる。いつも通った通勤路だ。川の護岸は一部コンクリートになっていたが、そこは石垣のままで、芙蓉も同じ場所にあった。冬枯れして黒々と枝を広げた芙蓉に、声を掛けた。「折るよ、ちょっと我慢してな・・・」にぶい音がして手に枝が残った。持ち帰って挿し木にするつもりだ。1本ではこころもとない。4本ほど折った記憶がある。ホテルのトイレットペーパーを水で濡らして、枝の折った部分に巻いた。乾燥しないようその部分をポリ袋に差し込んで輪ゴムで巻いた。
 自宅のバケツに水を張って入れて置いたら、梅雨の頃になって内2本が根を出しているのを発見。植木鉢に移してやった。2本とも大きくなって、毎年冬には切り戻すが、夏には僕の背くらいに育つ。鉢植えのせいだろうか、花が遅く、毎年8月が終ろうとするころになって咲き始める。今年、第一号は8月28日に咲いた。

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110902
ベランダの四季 その1

「酔芙蓉(すいふよう)」

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 個展が終わって、落ちついて我がベランダを見回すと、様々な草花が目に入った。
夏の間、一日も欠かさず水遣りしていたが、ゆっくり眺めたのはひさしぶりだ。
自分が好きな草花を植えたり移植したりしているうちに、ベランダとは思えないほど、
野趣も出てきた。
野趣の出どころはというと、僕が手入れをしないせいも大いにある。
もとは何を植えていたのか定かではない、「雑草鉢」と化したものもある。それはそれで風情があって好きだ。
「ベランダの四季」と名付けて、我がマンション7階のベランダで逞しく生きている草花を紹介してゆくことにしよう。

第1回は「酔芙蓉(すいふよう)」
 どこからか綿毛の種子が飛んできて、ベランダの島ラッキョウの鉢に落ちた。
そこで根を伸ばし枝を張ろうと考えたのだから、この酔芙蓉は根性がある。
そう、ベランダには「島ラッキョウ」の鉢があって、新鮮なそれは酢味噌をつけて晩酌の肴になるのだが、
それはまた今度紹介しよう。
どうも芙蓉らしいと気がついたときには、5センチほどに育っていた。それが一昨年のこと。
鉢に移したのが去年の冬。大ぶりの鉢に移したのが今年の冬。
今年の夏、初めて花をつけた。午後になっても、それほど酔っ払った様子もなく、顔に出にくい性分のようだ。
ほんとうに酔芙蓉かどうかちょっと怪しいのだが、しぼんだ花は紅く変わっているので間違いないようだ。

酔芙蓉といえば八重の花だと思い込んでいたが、ネットで調べると一重のものもあった。
どこから飛んできたのか知らないが、マンション7階のベランダに落ち着くことに決めたのだから、世話してやるしかないだろう。

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110823
個展が終わって
個展が終わって2週間が経った。
今日は箱書きしたものを抱えてそごう千葉店に行った。
なかでも大角皿を収める桐箱は縦35センチ×横60センチという大きさ。
昨日から暑さが戻ってきて、空箱とはいえ、やはり抱えて歩くのはしんどかった。
先日、一輪挿しをお買い上げのお客様からメールをもらった。
こんな写真が添付されていた。


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「ちょっと花が多すぎですね(汗)」とあった。
いいんです、自由に使ってください。
自分が作ったものが手を離れて、こうして新しい場所に置かれ、
新しい役割を演じ始めたことに、不思議な感動を覚えます。
少し話しただけでも、気が合いそうに思える人なら、
自分の分身も、その人と相性が良さそうに思える。
こう書いてきて気づいたのですが、以前の自分とは少し変わったようです。
気に入った作品が売れると、以前の私は、思わずにらみつけていた。
おかしいですね。
こんなにいっしょうけんめい作ったものが、おカネでやり取りされるのが
理屈ではなくて、口惜しい。
ギャラリーの取り分を自分が払ってでも取り返したい!
そう思いつめたことも。
今回は、手元に置いておきたいという気持ちはあまりなくて、
喜んでもらえてうれしい、と素直に思えます。
どうしてなのか、理由はわかりませんが、
やはりちょっと変わったんですね。
大きな角皿をお買い上げの方からもメールをいただいて、
周りの人に見せてくださっている様子。
作った人間にしてみると、死蔵されるのがいちばんつらい。
どうぞ生活の中で使ってください。
生活を楽しくするのに役立つのが、工芸なのですから。

個展に出品した作品を、陶芸教室のホームページの中に一部掲載しました。
http://www.ne.jp/asahi/yasuhiko/hayashi/tsudanuma/yasuhiko-garelly/yasuhiko-garelly_index.htm
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110820
メールマガジンvol.21

新刊本のお知らせや個展のご案内、その他,
思いつくままに綴ったものをメールマガジンとして
お送りしています。
以下は8月20日にお送りした最新のメールマガジンです。
配信をご希望の方は下記のアドレスにご連絡ください。
yasuhikoアットマークpersonal.email.ne.jp
(ご面倒ですが「アットマーク」を@に変えてください)
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■■■ 林 寧彦 Hayashi Yasuhiko  
▼▼▼ メール・マガジン  Vol.21  
■■■ 2010/08/20 
■「林寧彦 陶展」(そごう千葉店7階美術画廊 8/2~8/8)が無事終了しました。
21坪の会場に190点あまりを展示いたしました。
猛暑の中、遠くまでお運びいただいたこと、感謝申し上げます。
案内をお送りするのがギリギリになってしまいましたが、
県内から、そして都内からもお運びいただきました。
遠く、伊丹市から日帰りという方もいらっしゃって、ありがたいことです。
会場でいただいた様々なご感想、アドバイス、励ましに感謝申し上げます。
4年ぶりの個展でしたが、やはり人の目に触れる機会を持つことが大切だと、
あらためて感じました。
皆さまからのお気持ちを糧に、精進いたす所存です。

準備はたいへんでした。
会期の始まる二週間前まで、粘土と釉薬の相性が悪くて悪戦苦闘の連続でした。
なんとか中止できないものだろうか、とまで思いつめました。
寝られなくなって、朝4時過ぎには工房に顔を出す日が続きました。
時間切れギリギリの時に、「これなら!」というものが上がり、
そこからは二基の窯が冷める間もなく焼き続けました。
7月の窯焚きは、思い出しても汗の出る炎熱地獄でした。。
今回新しく挑戦したのは「襲(かさね)織部釉」と名付けたもので、
織部釉の下で別の釉薬を発色させて絵を描きました。
いにしえの重ね着の美学。衣を重ねることで生まれる色の美、
「襲(かさね)」から言葉をもらいました。
それにしても、個展に向けて、どうして僕は新しいことをしてしまうのでしょう。
これまでも個展のたびにそうしてしまってたいへんな思いをしてきました。
今回、それだけはしないぞと、手馴れた釉薬を使って作ろう、
そう誓って準備を始めたはずなのに、やはり未知の釉薬を作ってしまいました。
深山の湧き水を思わせる(とコメントしたくださった方も)
涼やかな風情のやきものができました。

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■津田沼陶芸教室(主宰・林寧彦)は、9月から夜クラスが始まります。
 金曜の夜クラス(18時~21:30の内の2時間半)開設。
詳しくは⇒http://www.ne.jp/asahi/yasuhiko/hayashi/tsudanuma/studio.htm

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100818
林寧彦ブログ原稿
110817メールマガジンvol.20
新刊本のお知らせや個展のご案内、その他,
思いつくままに綴ったものをメールマガジンとして
お送りしています。
以下は7月31日にお送りした最新のメールマガジンです。
配信をご希望の方は下記のアドレスにご連絡ください。
yasuhikoアットマークpersonal.email.ne.jp
(ご面倒ですが「アットマーク」を@に変えてください)

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■■■ 林 寧彦 Hayashi Yasuhiko  
▼▼▼ メール・マガジン  Vol.20  
■■■ 2010/07/31 
今年の桜は地味に咲いたと言った人がいました。
桜が変わったわけではなく、見る人の心象が変わったせいでしょう。
盛夏がめぐってきました。
4年ぶりに開く個展のご案内です。
暑い時期で申しわけありませんが、ご高覧いただければさいわいです。
■林寧彦 陶展 http://www2.sogo-gogo.com/wsc/512/N000040411/0/info_d
■会期 8月2日(火)~8月8日(月)(8月は休まず営業)
 営業時間 午前10時~午後8時(最終日は午後5時まで)
■場所 そごう千葉店(千葉駅前)7階美術画廊
準備にまるまる3ヵ月かかりました。
出品するものの企画(プランナー)から始まり、作る人になり、
最後は電気窯とガス窯を駆使する工場長・・・。
じつは、今日も最後の焼成を行なっています。
「あんた(まだ)焼いてんのね!だから(準備を早めにと)言ったじゃないのぅ~♪」
大昔にラジオで聴いた歌を思い出したりしながら、焼いてます!
以前、私の作るものを「花鳥風月ですね」とおっしゃった方がいます。
そうではないとその場では言えなかったのですが、違和感が残りました。
自分は何を描いているのだろうと考えました。
どうやら私は無意識のうちに、「小さないのち」を描いているようです。
描いてきたものを見渡すと、それが共通項だったことに気づく、ということですが。
スケッチは以前から折々にしていましたが、
阪神大震災のあと、スケッチブックに描く野の花や草が一気に増えました。
描くことは見ること。見ることは対話すること。
地球の先住者である植物には、ハッとする多くのことを教わります。
たとえば、植物には「あきらめる」という選択肢がないこと。
種が落ちた場所が、どんなに恵まれていなくても、誰を恨むことなく光を求めます。
遺伝子の研究がすすんで、植物の遺伝子が人間にも伝わっていることが報告された
ときには、感動を覚えました。
個展の準備に5月、6月、7月と3ヵ月かかりきりになりました。
植物を描きながら、今回はとくにいのちの逞しさを思いました。
期間中、毎日在廊の予定です。
懐かしい方、そして新しい方との出会いを楽しみにしています。
さ、最後の窯焚きに戻ります。
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■津田沼陶芸教室(主宰・林寧彦)は、8月は夏休みです。
 http://www.ne.jp/asahi/yasuhiko/hayashi/tsudanuma/studio.htm

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110817
残暑お見舞い申し上げます。
千葉そごう7階美術画廊で開催した「林寧彦陶展(8月2日~8日まで)」が、
無事終了しました。
猛暑の中、お運びいただき、ありがとうございました。
(伊丹から日帰りというお客様もいらっしゃいました)
個展が始まる週間前までは、各方面に謝ってなんとかお断りできないものかと
本気で思うほど追いつめられました。
土と新しく調合した釉薬の相性が悪くて・・・・
工房の中で叫んだりしていました。
一念岩をも通すと言いますが、なんとか調合の調整が間に合いました。
最後は二つの窯が冷める間もないフル稼働になりました。
いざ会期が始まると楽しく、終ってしまうのが惜しいと思えるほどでした。
様々な励まし、ご助言もいただきました。今後の糧にいたします。
出来上がり展示したものの幅は、自分の興味の幅そのもので
限界であると同時に、それが自分に見えている範囲なのだなぁと自覚しました。
3ヶ月の準備期間、格闘が続きました。今はただ茫然とした日々の中にいます。
残暑が続きます。ご自愛ください。
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110405
枝野官房長官のイラスト


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大震災以来、会見にでずっぱりだった枝野さんのことを
ある月刊の雑誌(厚労省系の出版物で市販はされていません)に書いた。
「プレゼン&コミュニケーション術」というタイトルで、今月で連載五回目。
今月は番外で「枝野さんに学ぶ『分かりやすく伝える技術』」と題して書いてみた。
政府の震災対応としては後手後手に回っている感は否めないが、
政府のスポークスマンとして、枝野さんがいて良かった。
なにより分かりやすいのがいい。

2カ月前の新官房長官就任の会見でこう述べた。
「(前任の)仙石さんは優れた学識をお持ちのところがあり、伝わりにくいところがあったが、
私はそれほど学がないので、分かりやすくお伝えしたい」
当時、「軽い」とも評されたが、大震災が起きてみると、仙石さんから変わっていて良かったとつくづく思う。

書いた内容の骨子。枝野さんに学ぶ「分かりやすく伝える技術」の骨子は次のとおり。
①自分が聴き手だったら分かりやすいか、常にチェックしながら話す。
②事前の情報収集では、知ったかぶりをしないで納得できるまで質問する。
③「話しをさせられる」ではダメ。「話をしたい」で場に臨む。

改善したほうが良い点
「・・・と思います」が多かった。思います、は主観。「発言に責任は負いませんが・・・」というニュアンスが入る。
「・・・です」で終わったほうが良い」

いつもヘタなイラストを添えているので、今回も会見のイラストを描いた。
デッサン風のものを描いたが、どうも気に入らなくて、どんどんシンプルにしていったら、こうなりました。
ちょっと気に入っているので、ブログで披露します。
掌を差しのべて質問を促がすやり方は、日本人が行なう会見のモデルを作ったかもしれない。
他人を指差してはいけませんと言われて育った日本人にはなじみやすい。

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110316
さらに再録「阪神大震災と広告」

東北関東大震災の様子が明らかになるにつれて、被害の甚大さに、
人の世のはかなさを見せつけられます。
翌日、コンビニの店頭から弁当やおにぎりが消えたのを目にして、ああ、それらは
早手回しに被災地に送られたのだ。そう思っていた。
買占めに走っている人がいたとは・・・・。
大量のトイレットペーパーを袋に入れてスーパーから帰ってくるのは
比較的若い年齢層が多い。
僕らの世代よりも上は、オイルショックのときトイレットペーパーの買占めに走ったことが
本当の品不足を招いてしまったことを知っている。

いまの買占めを愚かなことと思いながら注意はできないでいる。
「自分のカネで買いたいものを買って何が悪い」そう反論されたときに、
感情論ではなくて、相手を納得させる理屈がない。
大量のトイレットペーパーを持った人とすれちがうとき、今度つぶやいてみようか。
「すごいなぁ、そんなに大量のウンコが出るんですかぁ!」
テレビでは公共広告機構のCM、「エーシー!」があふれてい
る。
ネコなで声の広告のオンパレード。
ACの広告とは、広告クリエイターが普段の仕事では作れない、ギリギリの主張を込めるメディアではなかったか。
16年前の阪神淡路大震災。その5日後のこと。いま必要な公共広告をつくりたいという一人の志が、仕事仲間を動かした。
そうしてできあがったCMが、震災の街に流れた。
とりあえず、「これは阪神淡路大震災のあとに流されたCMです」というテロップを入れて、あのCMを流してはどうだろう。
この稿も、単行本「CMプランナーの仕事術(洋泉社'97年刊)」からの再録です。
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「阪神大震災と広告」 (後輩のCMプランナー・F君へ)

 引っ越しの準備は進んでいますか。
長くても五年の支社勤めのはずが、頑張ってしまうFクンの性格が災いして、気に入られてしまったのだろう。
東京に戻るのが一年遅れて、そのせいで、阪神大震災にあってしまった。えらい大阪生活やったねえ。
転勤組の大半が、芦屋や神戸方面に住むのに、F君が決めたのは逆方向の吹田市。
何かあったときのことを考えると、西の方には住む気になれなかった、と言っていたけど、
今度のことが起きてみると、やはり建築学科卒の目は確かなんだなと感心した。

 さて、ACC(全日本CM放送連盟)の受賞パーティーに行ってきました。
95年度のグランプリ・郵政大臣賞は、公共広告の「阪神大震災・井戸水編」。
やはり、今年のCMの成果はあれに尽きるだろうと思う。受賞の言葉の中で、あのCMの生まれたいきさつを聞くことができた。
制作スタッフを代表して挨拶に立った大阪電通の堀井博次さんの話がとてもよかったので知らせようと思う。

 一月十七日の震災から五日経った日曜日。同社の支社長から、堀井さんの家に電話があった。
「いま流れてる公共広告、どう思う?」
 CMの自粛で、既存の公共広告が穴埋め的に流されていた。「空き缶のポイ捨てをやめよう」とか、「川をきれいに」……。
空き缶を捨てようにも、缶の出てくれる自動販売機がどこにある。川をきれいに、と言われても、そもそも川に捨てる物がない。
人々の生活実感と、あまりにもかけ離れたCMばかりだった。

「そやろ、何とかならへんもんかなあ……」。被災した人が元気の出るようなCMはできないもんやろか、ということで意見が一致した。
 翌日の月曜日には、スタッフが集まって企画会議。
メンバーの一人から、「駅まで歩いて、あと十五分。がんばって」という貼り紙を見たけど、あれには励まされた、という話が出た。
「それや!」となって、次の日にはVTRカメラを持って町に出ての取材が始まった。

「水、出てるよ。水、持ってって! そやけど、ナマで飲まんといてな。ポンポンこわすよってに……」のCMは、そうやって生まれた。
 立ち見で聞いた、堀井さんの話。飄々とした喋りに時折笑わせられながら、僕はとても感動していました。
ひとつの思いが次々に人を動かして、あのCMができた。
「いま流れてる公共広告、どう思う?」始めに疑問符を提示した大阪電通の支社長は立派です。
自粛されたCMの、穴埋めとして出てきた公共広告だからといって、生活実感とかけ離れすぎていることが許せないと思える、アドマンとしての健全さ。
被災して一週間に満たない極限状況だったことを思うと、そのバランス感覚が際立ちます。

 受賞のスタッフとしては、おそらく名前が載らない立場の人だけれど、こういう人によって、CMがプロデュースされたんだよね。
広告にはもっとできることがあることを教えてくれた。

 もうひとつ思ったのは、こんなことです。
僕があの貼り紙を神戸の町で見たとして、それが被災した人を励ますCMになるという判断が下せるだろうか。
大災害の後の市民を励ますCMなんて、誰も作ったことがない、どこにもお手本はない。
ケチがつかないかと弱気になれば、何もできなくなる。
例えば、水道が復旧しましたよ、という告知と間違えないだろうか。井戸水はどこのものでもナマでは飲めない、と誤解されないか。
「これでいける」という決断は、勇気のいる、クリエイティブの冒険だったはずです。

 あの制作グループは、「タンスにゴン」とか「はじっこ歩きなさいよ」とかの、キンチョーの名作CMも作ってはるパワフルな集団やけど、
人間の本質を掴んではりますわな。
 あ、掴むで思い出したけど、ホンマかどうかは知りまへん、人から聞いた話でっせ。
今度のCMを中心になって作らはった人で、僕の尊敬しているプランナーが、初めてキンチョーさんに挨拶に行ったときのことらしいですわ。
手を差し出されて、握手かと思ったら、いきなり別のところを握られたちゅう話や。関西っちゅうとこはホンマにどないなっとんのやろ。

 また、おなじプランナーの人が、あるメーカーのCMを提案しに行かはったときのこと。
このCMにピッタリのモデルがいるんです、言うて出した写真というのが、ほれ、電話ボックスによく貼ってあるピンク・チラシ。
そら、クライアントの皆さん、どういうつもりやろと思わはって、反応のしようがおまへんわな。
そしたら、「これがダメなら……」と、次から次にピンク・チラシを会議室のテーブルに並べはったそうで……。

あ、これも真偽のほどは定かやおまへんで。しかし、まあ、ホンマやとしたら、たいしたサムライですわな。
わたしら、逆立ちしてもそんな真似はでけしまへんわ。キャラクターの違いもあるし、何しろあっちは天才やからな。
真似したら、そら、えらい目にあいまっせ。
関西のアナーキーな人たちのこと書いとったら、なんや関西弁になってしもうた。戻そう。
 
 震災から二ヵ月半あとの、四月一日付けで僕に転勤の辞令が出ましてん。
あ、ちっとも直ってへんわ。いかんな、大阪弁はクセになる。
その辞令の通達を見て、大阪にいる同期のヤツが電話をくれた。
「いろいろ考えるところがあるだろうと思ってさ」
彼も東京からの転勤組である。行って一年で震災にあった。
「やっとガスが出るようになって、自分の家で風呂に入れるようになったよ」

 彼と話しながら、オレは、つくづく自分のことをちいせえなあと思ったよ。
彼はそんな状況にありながら、オレのことを考えてくれてるんだもんな。こっちは、自分の単身赴任の心配ばっかりしてた。
その電話の数日後、引っ越しの荷造りの最中に、もう一本、関西から電話をもらった。
大阪に単身赴任してわずか二週間で震災にあって、ホテル暮らしの身となった先輩からだった。
「やっとマンションに戻ってきたところだよ。炊飯器とか、所帯道具をいっぱい抱えてホテルを出たとこで、
東京から出張してきたヤツと会っちゃって、イヤだったな。ハハハ」
被災地からの二本の電話の声は明るかった。こちらは、ずっと小さな出来事なのに、励まされる立場に終始していた。

 95年度の流行語大賞には、「NOMO」、「無党派」と並んで「がんばろうKOBE」が選ばれた。
被災地の関西に、逆に励まされた僕のような人間も、きっとたくさんいたんじゃないかな。

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 公共広告機構  震災支援「井戸水篇」15秒CM
 〔映像〕(被災地の一角。ベニヤ板に手書きされた文字)
水、自由に使って下さい
  水、自由に使って下さい
  そのままでは飲めません
 〔音声〕(市民の声)
  水、出てるよ、水。
  持ってってー
  そやけど、生で飲まんといてな。
  ポンポンこわすよってに。
  水、水、出てるでー
  水、持ってってー
〔ナレーション〕
  「人を救うのは、人しかいない」
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110316再録「恐縮ですが、コマーシャルです」

1995年1月17日の未明に起きた阪神淡路大震災のあと、
連載を持っていた広告の業界紙に書いた原稿を再録します。
(亡くなった人の数を5000人と書いたが、のちに6434人と報告された。
なおこの稿は、のちに単行本「CMプランナーの仕事術(洋泉社'97年刊)」に収録したものです)
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映像新聞1995年1月30日号

「CMプランナーからの手紙 (連載第52回)」より

「恐縮ですが、コマーシャルです」  久米 宏様

 死者五千人という数字が、いまだに実感をもって想像することができません。
五千という数字は僕が勤める会社の全社員数を上回ります。
娘の小学校の全校生徒の五倍にあたり、暮れに書いた年賀状の四十倍。失われた命の数に圧倒されます。
 阪神大震災から一週間が経ち、テレビは避難所やテントでの生活を送る人びとの様子を伝えています。
「いま、いちばん欲しい物、したいことは何ですか」との問いかけに、「下着が欲しい」「温かい食べ物が欲しい」「風呂に入りたい」
「早く葬式をして仏さんにしてやりたい」。
そんな言葉に接するたびに、自分の今までの価値観に大きな地割れが生じているのを感じています。
 自分にとって、大事なこと、さほどでもないこと、どうでもいいこと、それらをキチンと心の中に位置づけて生きていかねばいかんな、と。
そしてまた、広告を職業としている立場としても考えさせられることがありました。

 地震当日のニュース・ステーションを見ていたときのことです。
淡路島の避難所の様子をレポーターが伝えたのを受けて、久米さんは「では、恐縮ですがコマーシャルです」と言いました。
僕には何かひっかかるものがありました。
僕たちの作っているCMは、大惨事の前では恐縮して身を縮めながら見てもらわなければならないのか、といった心の動き方ではなくて、
何だかCMがかわいそうな気がしました。
司会者に「無神経なヤツです」と紹介されて、それでも立ちあがってあいさつしなくてはいけないときのような、やり切れなさを感じました。

 大事件のさいには、テレビ局にはCMを外して番組を続けられる契約がスポンサーとの間にあるはずです。
でも、テレビ朝日はその決定をしなかった。そうであるなら、言い訳めいたことをアタマに振ってからCMを流してほしくはなかった。

 おそらく、久米さんの「恐縮ですが」には次のような心理が働いていたのだと思います。
「こんな時にまで商魂たくましくモノを売ろうとするなんて、なんとデリカシーのないスポンサーなんでしょうネ。
CMをカットしない局の幹部も同類です。ボクはそんな連中とは違いますよ」

 久米さんの心の中は見えませんが、「こんなときにノー天気なCMを流してスミマセン」という配慮の気持ちが働いたのは確かでしょう。
何度もあったCMタイムの前に「恐縮ですが……」と付け加えたのはたった一度だけ。
それは久米さんを久米宏たらしめているバランス感覚なのでしょう。

 久米さんの申しわけなさそうな表情のあと、CMがノコノコ出てきました。
次々に流れてくるCMを見ているうちに、僕は不思議な気持ちに襲われました。
助手席にエア・バッグを標準装備したフォードのCM。「思いどおりの子に育ってるわ」と竹下景子さんがほほ笑む殖産住宅「ホーメスト」のCM。
寝るときのカユミを抑える大塚製薬のクスリ。剃り残しなしのシックのシェーバー。八段飾り、久月のひな人形。
これらのCMからは、生活する人たちのさまざまな心の姿が見えてきます。

 助手席の大切な人の命を守りたいと思うこと。家を建てることを幸せの証と信じること。
アンケートでアゴの剃り残しがいちばん気になると答えた若い女性たち。大きなひな人形を喜ぶ孫の顔が見たい、おじいちゃんとおばあちゃん。

 久米さんの「恐縮ですが」のコメントによって、僕は、大惨事の報道とCMが交互に流れる状態を意識的に体験することになりました。
それは、被災した人たちの、昨日と今日の心の中を交互に見る思いがしました。
アゴの剃り残しにおおいなる不満を感じること、孫の喜ぶ顔が見たいと思うこと、それが「幸せ」の実体なのかもしれません。

 一緒に組んでいる若いコピー・ライターが、先ほどこんなコピーを書きました。
 「今日は晴れ。時々しあわせ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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110314
「計画停電」の記者会見について
東北関東大震災については、まだ言葉にならない。
今日は、「計画停電」についての会見をメディアを通して
観たり聴いたりしている中で、東電側とマスコミ(住民)の間に
決定的な認識の差があることに気づいたので書くことにした。
それは、「電気は、需要に合わせて、いま生産されている」という
東電側にとっては当たりまえのことがマスコミ(一般)には認識されていないのだ。
私は以前、東京電力の広告を短いあいだ担当したことがある。
電気を備蓄する試みが始まっていることをPRするという仕事だった。
「いま使っている電気は、いま作っている電気」
「電気も石油のように備蓄できればいいのに」
そんなキー・ワードを考え出したと記憶している。
「電気の備蓄」は、やはり難しいのだろう。
あるいは費用対効果の点から日の目を見ないのか、
一定の電気を備蓄でまかなっているという話は聞こえてこない。
昨日発表された「計画停電」が、翌朝になってみると、訂正されている。
停電するはずの地区に、電気が無事に送られている。
いったいどうなっているんだ、生活インフラの基盤にかかわる方針がころころ変わって!
と文句を言いたくなる人もいるだろう。
東電の広報の人には、冒頭で言ってもらいたい。
「いま使っている電気は、いま作っている電気です。
だから、皆さんが節電してくださって電気の需要が少なくなれば、
少ない供給で大丈夫です。
つまり『計画停電』を実施する必要がなくなるのです。
一人一人が、いま一歩の節電を実行してください」
2行目からはともかく、
「いま使っている電気は、いま作っている電気です」という情報は
ぜひ流してほしい。
電気は生(ナマ)ものだと理解している人は、
きょう私が話した人の中に一人もいなかった。

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110227
韓国版「歴史を動かしたプレゼン」の話。
「歴史を動かしたプレゼン」の編集者からメールをもらった。
韓国の出版社からオファーがあり、韓国語での出版に同意するかどうか
返事がほしいという内容だった。
部数は多くないが、ハングルに翻訳された本が韓国の書店に並ぶなどとは
思いもかけないことで、よろこんで話を進めてもらうことにした。
本を出すというアクションを起こすと、ビリヤードの玉のように転がって
思いがけない玉にぶつかって、別の方向に転がって行くのが楽しい。
うまく事が運んでほしいものだ。
韓国は仕事でなんどか訪れた。
あれは10年ほど前のこと。
韓国のスタッフがCG(コンピュータ・グラフィックス)の仕上げをしている間、
オフの日が一日できた。
このチャンスにと、高麗青磁の作家の工房を訪問した。
雲鶴象眼の再現に成功した、韓国の人間国宝だった柳海剛さんの工房。
初代は数年前に故人となっていた。100歳まで生きた人で、すでに息子さんや孫の時代になっていた。
工房では、さらにその息子さんだろうか、20代に見える青年が一心に象嵌を掻き落としていた。
手ぶりで少し話をしたが、通訳もいないので話はすぐに終わってしまった。
それでも僕は彼の近くに腰掛けて、飽きずに作業を見ていた。
まるでたくさんの野菜の皮を次々にむいていくような、静かな時間が流れていた。
クルマで片道一時間あまりの柳川というところ。ソウルからの往復はタクシーを半日チャーターした。
鉄道もバスもなく、その方法がいちばんだとプロデューサーが教えてくれた。
運転手さんとふたりきり。やがて、昼食の時間になり、食事にしようと誘った。
左手でお茶碗を持つ格好をして、右手の人差し指と中指でご飯をかきこむジェスチャーをした。
彼はにっこりうなづいて、そうしようという代わりに、こんなジェスチャーをした。
左手は同じようにお茶碗を持つ格好。右手はグーを作って茶碗の中のものをかきこむ動作。
手には、見えないスプーンが握られてた。
それに気が付いたとき、背負っている文化の違いを実感させられた。
「食べる」という、生きるための根源的な動作が、すでに違うのだ。
箸も使うが、それは彼らにとっては補助的なもので、主役はスプーン。
騎馬民族は移動するために、食器も運搬に耐える金属器が主になる。
定住する農耕民族は、やきものがメインになる。
韓国語での出版話が舞い込んで、まっ先に思い出したのは
あの運転手さんのジェスチャーと、日焼けした笑顔だった。

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110225
ずいぶん書くのを休んでいました。
ま、気楽に再開します。
「番組が流れた」と書いたままになったので、それの補足を少し。
じつは、京都や他の地方では予定通り流れました。
(制作会社のディレクターにどこどこの地方で流れたのですか?」と
たずねたのですが、京都や他の地方としか分からないとの返事)
関東地方だけが、延期にならずそのままオクラ入りとなったそうです。
DVDが送られてきました。
テレビはなんどか出ましたが、やっぱり気恥ずかしい。
さて。
今日は駅前にある老舗の書店に行った。
新書を2冊手にしてレジに並ぼうとすると、レジ前にワゴンが出ていた。
そこには「声に出して読みたい日本語」(齋藤 孝著)の文庫版が平積みされている。
ワゴンには直径30センチほどの丸いPOPが立ててあった。
本のタイトルと著者名、そして出版社名が黒々と書かれている。
「思想社」とある。え、社会思想社か?と一瞬思った。
ということは、あの本が現代教養文庫に入ったのか?
いやあの会社は7、8年前に無くなったんじゃなかったけ?
気になってワゴンに近づいて本を見ると、そこには「草思社」と書いてある。
なんだ、10年前に出た本が同じ出版社の文庫本になるわけだ。
草思社文庫のスタートに、かつてのベストセラー再登板ということだった。
そういえば、僕も「草思社」が覚えられず、「思想社」と呼んでいた覚えがあるが、
書店員がいまだに間違えているとは・・・。
レジで店の人にこう言った。
「出版社の名前、まちがってますよ。カメラを持ってたら写したんだけどなぁ」
最初、意味が分からないようだったが、レジの外に出てもらってワゴンのところに案内したらあわてた様子。
はぎ取るようにワゴンからPOPをはずして、礼を言った。
もう少し手間をかけて、もう少し面白くからかう方法はなかったものかと反省。
せっかくいいネタが転がっていたのだから。

「声に出して読みたい日本語」は読んでいない。
単行本が話題になったとき、買おうかと手に取ってみたが棚に戻した。
あとがきだったか、まえがきだったか忘れたが、
そのいずれかを読んでみての感想が、「声に出して読みたくない日本語」だったから。
声に出して読む習慣がある人の書いた文章は、おのずから声に出して読みたくなるものなんだけどなぁ。
あれから10年。文庫版のそれは、声に出して読みたいものに変わっただろうか。
今日は手に取りそこなったので、もう一度行って確かめてから購入を考えよう。

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# by yasuhikohayashi | 2017-10-05 15:42

101015
先日お知らせした、NHK総合TVで私のインタビューが流れるという話、
見事に流れました。

テレビで流れたのではなくて、番組が流れた!
取材したディレクターから、前日にメールがあり、
国会審議が中継されることになったため、放送はされない。
翌週に放送されるかどうかは未定、とのこと。
楽しみにしていたので残念です。
さて、私が出てきて話すはずだった時間に放送された国会中継。
面白くないと承知しないぞ!と気合を入れて、テレビではなくラジオを点けた。
自民党の山本一太参院議員が、果敢に管さんや仙谷さんを攻めて、なかなか面白かった。ねじれ国会の真骨頂とも言えるだろう。
それに免じて、幻の放送は許してやることにしたが、
NHKさん、せっかく作ったんだから、一週遅れで流しましょうよ。
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101012
放送予定日が決まりました
先日、NHKの取材を受けたことは、書きました。
その放送予定日が決まったと、昨夜、連絡をもらいました。
首都圏では、
10月14日(木)のNHK総合「いっと6けん」の中、
「いまほんランキング」というコーナーです。
11時5分から11時55分の間の予定。
地方局では10月12日の夕方のニュース
18時10分から19時の間です。
どこの局が流すかは、地方局しだいだそうです。
12日といえば、今日ではないか!
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101003
TVの取材
「歴史を動かしたプレゼン」をTV番組の中で紹介したいという取材依頼が入った。
2分半ほどにまとめられるそうで、先日、出版社の会議室でインタビューを受けた。
フリー・トーキングはふつうに話せたが、
本を一般の人に勧めるメッセージを話してくださいといわれたとたん、
セリフを喋っているようで恥ずかしくなった。
他人が作った商品の宣伝は平気でできるのに、自分の本のプロモーションをするとなると妙に照れてしまう。
そのあと、ディレクター、カメラマンと同行して、僕も会員である「トーストマスターズクラブ」の例会の模様を撮影。
僕は「プレゼンテーションのワンポイント・レッスン」と題して、5分ほど話した。
ジャケットの襟にピンマイク、腰に発信機を付けて話した。
べつだん緊張するでもなく、カメラもとくべつ意識することもなく、ふだんのとおり話せた。
トーストマスターズに通って2年、このクラブの良さは、
楽しく例会に出席しているうちに、人前で話すことに場慣れすることだ。
本にも書いたが、企画を考えるのは好きだったが、
プレゼンすること自体は、じつは好きではなかった。
好きでなかったから、なんとか上手くなりたいとお手本を探していたら、
コロンブスや秀吉の水際立ったプレゼンに出会うことになった。
プレゼンは上手くなくて、自分ではそのことをコンプレックスにも感じていた。
ところが、半年ほど前、プレゼンの本を出すという話を後輩にいたところ
、意外な言葉が返ってきた。
「林さん、プレゼン上手かったですもんね」
もしかしたら先輩をからかったのかもしれないが、そんなことを言われた。
コンプレックスというのは、ごまかさないで持ち続けていれば、
宝物に変わる・・・・・今はそう思っている。
番組はNHKで放送予定ですが、日時は未定です。
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100906
コロンブスがパワポでプレゼン!?
「歴史を動かしたプレゼン」と入れてネット検索していたら、面白いページを見つけた。「もしもコロンブスがパワポでプレゼンしていたら」と題して、
僕の本をもとに、パワポで図解化がされていた。
おもしろいことをやる人がいるなぁ、とは思ったが、期待はせずに読み進めてみると、
これがナカナカのデキだった。シンプルで説得力のある図解になっている。
作ったのは池田千恵さん。図解化のプロだった。
名前に見覚えがあるような気がしたが、「朝4時起きで、すべてがうまく回り出す」という本を去年出した女性だった。
新聞広告で見て、買おうかどうか迷った覚えがあった。
いい機会だからと、その「4時起き」と、「図解化」の本をアマゾンで注文。
さらに本の中で、「4時起き」するためのグッズとして紹介されていた高性能目覚まし、タイメックスの「スリープ・トラッカー」まで買ってしまった。
これは設定した時間に近い時間で、レム睡眠(浅い眠り)の状態になったときに起こしてくれる腕時計。(このところ朝が弱くなっていたので、重宝している)
「あなたのホームページを見たおかげで、目覚まし時計まで買ってしまったと、ホームページ経由で本人に報告した。
すぐに丁寧な返信をいただいた。
本の著者に連絡しようとして検索したが、「陶芸家の林さん」の連絡先しか分からなくて失礼しました、とあった。
「同一人物とわかって驚きました」とも。
プレゼンにパワポを使うかどうかは別にして、
図式化すればアタマの整理ができる。
池田さんのような図をまず作ってから書き進めれば、もっとラクに書けたのでは、
とも思った。
そこから思いついたこと。
良い企画は、シンプルだ。
良い企画は、良い企画書になる。
だから、良い企画書はシンプルだ。

池田さんの「もしもコロンブスがパワポでプレゼンしていたら」は、一見の価値あり!

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100806
トーストマスターズ・クラブ、他クラブの例会へ
昨夕は、千代田TMC(トーストマスターズ・クラブ)の例会にゲスト参加した。
夏休みもたけなわで、スピーチの空きが出たらしく
「ゲストスピーチやってくれませんか?」と会長のIさんからメール。
ありがたい話で、引き受けた。
僕の所属は新橋TMCで、30人近い他クラブメンバーの前で話すのは少し緊張する。
僕の持ち時間は5分から7分(+-30秒)。
千代田クラブはバイルンガル・クラブで、2時間の例会の中で英語スピーチと日本語スピーチが混在する。
トップバッターのはずだった英語スピーチの人が急遽欠席となって、日本語スピーチからスタートした。3人目が僕。
「手紙を書きませんか」というタイトルで話した。
メールの時代に、手紙のもつ膨大な情報量、手紙のすごさに気づいてもらいたいと思った。内容は、以前に書いたコラムを下敷きにした。
英語のスピーチはなくなったものと思っていたが、千代田クラブの会長がやるという。
例会の冒頭には会長挨拶もあったから、実質30分ほどの準備時間しかなかっただろうに、みごとに英語スピーチをやってのけた。
「英語のスピーチがなくなると、英語のために来ている会員に応えられないんでやりました」。責任感の背負い方と、じっさいにそれがやれてしまう能力には感動させられた。
さて、スピーチ。
コの字型に会議テーブルを並べた正面に並んだ女性たちのスカートがみなさん短くて、喋りながら、けっこう気になった。
・・・そういうことも含めて、会場の様子が目に入るということは、落ち着いて話ができたということ(だれがなんと言おうと!)。
そんなことで上達を実感するというのも、夏の例会ならではのことですね。
(ですね、で同意をもとめるのもどうかと思いますが)
投票でベストスピーカー賞をいただきました!
千代田クラブのみなさん、お世話になりました。
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100717
「身ぶり手ぶりを交えながら訴え」てはいけない?
日本振興銀行の前会長・木村剛氏ら幹部5人が逮捕された。金融庁の立ち入り検査にあたって、幹部のメールを削除するよう指示したとする検査忌避容疑だそうである。
木村剛氏については、金融コンサルのころのイメージしか僕にはないが、押しの強そうな、テラテラ脂ぎった印象だった。
逮捕された翌15日の朝日新聞。その人物を評した記事が気になった。
「木村容疑者はその持ち前の『突破力』で金融業会を切り開いてきた」と始まる記事は、こう締めくくられていた。「今年1月、ネットワーク企業の社員約3千人が参加した集会では『ネットワークとともに生きていくのが、みなさんの生きる道です』と身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」。
「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」の部分には、「口八丁、手八丁」、「自信たっぷり」「臆面もなく」といった、氏に対する記者の嫌悪感が透けて見える。
だが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴え」るのは、スピーチの基本技術のひとつ、ボディランゲージである。
ボディランゲージを身につけるのは、なかなか難しい。
ひじよりも高いところで、手を動かす。顔だけを相手に向けるのではなく、上体を前に倒して訴えかける。手は大きく動かしたあと、2秒その位置で止めると、動きにメリハリがつく・・・・などなど。
僕が所属しているトーストマスターズというクラブ。スピーチとコミュニケーションを学ぶNPO団体なのだが、そこでもボディランゲージは主要課題として学習する。
木村剛氏は日銀出身で、おそらく留学経験で身についたボディランゲージなのだろう。
こうした身ぶり手ぶりについての感想は、おそらく日本人の典型的な反応かもしれない。僕にも「自信たっぷりの相手には、警戒心を持つ」という傾向がある。
「自信を持った人」は歓迎し、「自信たっぷり」は警戒する。
微妙な違いだが、印象は大きく異なる。
ボディランゲージ。直輸入ではなく、日本人のためのボディランゲージは、どのていどが好感をもたれるかというレベルを考える必要がありそうだ。
たとえば、アメリカのテキストによれば、手を動かさないときの位置(ホームポジション)は、だらりと下げるのが良いとされる。
しょっちゅう手を動かしながら話す欧米人には良いかもしれない。でも、日本人の場合はだらりと手を下げている時間が多くなって、ちょっと手持ち無沙汰に見える。
両手の親指をクロスさせて丹田(へその下3寸)にのせた状態をホームポジションにして、そこから手を動かすのが楽だし、相手からも好感が得やすい(イチジクの葉の位置は、気になってしかたがないので、やめてください)。
けんめいに訴えたことが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」と受け取られるのはもったい。コミュニケーションは、相手の受け取り方しだいなのだ。
木村剛氏は日銀出身で、おそらく留学経験で身についたボディランゲージなのだろう。
こうした身ぶり手ぶりについての感想は、おそらく日本人の典型的な反応かもしれない。僕にも「自信たっぷりの相手には、警戒心を持つ」という傾向がある。
「自信を持った人」は歓迎し、「自信たっぷり」は警戒する。
微妙な違いだが、印象は大きく異なる。
ボディランゲージ。直輸入ではなく、日本人のためのボディランゲージは、どのていどが好感をもたれるかというレベルを考える必要がありそうだ。
たとえば、アメリカのテキストによれば、手を動かさないときの位置(ホームポジション)は、だらりと下げるのが良いとされる。
しょっちゅう手を動かしながら話す欧米人には良いかもしれない。でも、日本人の場合はだらりと手を下げている時間が多くなって、ちょっと手持ち無沙汰に見える。
両手の親指をクロスさせて丹田(へその下3寸)にのせた状態をホームポジションにして、そこから手を動かすのが楽だし、相手からも好感が得やすい(イチジクの葉の位置は、気になってしかたがないので、やめてください)。
けんめいに訴えたことが、「身ぶり手ぶりを交えながら訴えた」と受け取られるのはもったい。コミュニケーションは、相手の受け取り方しだいなのだ。
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100620
「歴史を動かしたプレゼン」(新潮新書)が出て、1ヵ月が経った。

出てすぐのころ、ツイッターでは「交渉でことごとく失敗している鳩山総理にも読んで欲しい1冊・・・・」というのがつぶやかれていた。せっかくのアドバイスも功を奏せず、首相は鳩山さんから菅さんに交代してしまった。
当初はアマゾンのベストセラー・ランキングなど気になって見に行ったものだ。なんだか子供が運動会に出ているようで、上位に食い込めば「やった!」と喜び、下がると「どうした?」となる。そのうち、勝手にランク付けなどされているのが腹立たしくもなり、チェックしなくなった。もっとも、ベストセラーのトップにでも立っていれば、そんなことは言わないでせっせとチェックを続けていたのだろうが ・・・。
アマゾンといえば、レビューは気になって見ている。友人知人からはストレートな感想はなかなかもらえないが、面識のない読者からのフィードバックがもらえてありがたい。おおむね好評でほっとしている。
書いた本人も気がつかなかったことまで教えてもらうことがある。「西洋人と日本人を2名ずつ、また、有名でかつ年代的に古いものから順に並べる等の工夫もよい」とのご指摘。「あ、たしかに古い順にならんでらぁ」というのが、僕の反応である。コロンブスを書いているとき、あとを誰にするか、何人取り上げるか、そういうことはまったく考えていなかった。驚くかもしれないか、じっさいコロンブス意外に面白いネタがあるのかどうかわからず、とにかくコロンブスを書き上げてしまおうということしか頭になかったのだ。
並べた順序は、たんに書いた順番のままである。日本人2人、西洋人2人になったのも、最初からそうしようと思ったわけではなく、面白そうなプレゼンはないかと探していたらそういうキャスティングになったということだ。つまり、なんにも考えていなかったのだ。
「プレゼン技術の本はそれ自体が良いプレゼンになっているかが大事だが、この本はそのようなレベルを軽くクリヤーしているといえるだろう」と書いてくれたのは、うれしかった。どこのどなた様か存じませぬが、ありがたいことでございます。
読んでくださったみなさま、感想をアマゾンのレビュー(http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4106103656/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1)にお願いします!
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100618
コピーのチカラ
わがトースト・マスターズ・クラブの会員に、地区の打ち上げパーティの案内をメールで送った。
僕はこういうとき、事務的な連絡文書をまわすのがなんとなくイヤだ。
工夫して楽しいメッセージにしようというような殊勝なものではなく、
なにか面白くしないと自分が落ち着かないのだ。
文面の最後は、こんなメッセージになった。
「・・・・・・その1年を祝しながらの、打ち上げパーティです。
銀座で、日本一のスピーチを2本聴いて、ワークショップがあって、軽食ドリンク付きで2000円!
(ヒトケタまちがっているんじゃないの?という声も出たため確認しましたが、
やはり2000円しか取らないそうです!!!)
これは行かない手はないのでは、と再度、案内をお送りするしだいです。
○○日までに林まで出欠の返信をください。」
コピーのチカラかどうか、10人のクラブ会員から参加するという返事をもらった。
このメールを見た、別のクラブの次期会長さんが、「伝わるメールですね」と連絡をくれた。彼のクラブでは参加者は彼1人だけとのこと。
締め切りは過ぎたが、あのメッセージで再度募集をかけたいので、使わせてほしいとのこと。もちろん、どうぞ、である。
面白いことになってきた。はたして彼のクラブの参加者が増えるかどうか。
反応が楽しみだ。
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100610トースト・マスターズ・クラブ
トーストマスターズクラブ。(※以下とリンク⇒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB )
100カ国以上の国に12,500以上のクラブがあって、25万人以上の会員がいる。カリフォルニア州に本部があって、86年の歴史を誇るコミュニケーションとスピーチを学ぶ非営利のNPOクラブ。
日本には1954年に第1号のクラブができて、現在では全国に90以上、2000人をこえる会員がいます。日本語クラブ、英語クラブ、バイリンガルクラブがあり、現在は日本語とバイリンガルクラブが急増中。
以上のような数字を知っているのは、さっきウィキペディアで調べたから。
僕は、現在、新橋トーストマスターズクラブ(日本語)(※以下とリンク⇒http://shimbashitmc.dtiblog.com/)の会員です。
去年7月からは、会長という名のお世話係をしてきて、あと一ヵ月で一年の任期が終ろうとしている。なんとも楽しい一年だった。
トーストマスターズクラブとの馴れ初めは、2008年の夏にさかのぼります。
発売されたばかりの、ブライアン・トレーシーの「話し方入門」という本を読むと、こんなことが書かれていた。「スピーチが上手になりたいと思ったアメリカの青年が、一念発起して地元のトーストマスターズクラブに入会した。やがて自分の思いを伝える楽しさに目覚めて変わっていった」。アメリカにはそんなクラブが、地方都市にもいくつもあるらしい。アメリカ人がスピーチが上手いのは、そうした草の根の教育ができているからだな。
そんな感想を持ちながら、「まさか日本にそんなクラブはないだろうけど」と、いちおうネットで検索してみた。日本にあるトーストマスターズクラブが、ずらずらと表示されたのには驚いた。すぐに溶け込みやすそうな、できてから年代の浅いクラブを探してみた。すると、なんと翌週に立ち上げるというクラブがあった。それが新橋トーストマスターズクラブだった。
見学に行った。20人ほどが出席して、第一回例会が始まった。ひとことでいえば、「向上心のある、明るい、礼儀正しい」クラブだった。見学者は、僕ともうひとり若い女性がいた。残りは、近隣クラブからの応援会員だった。例会の最後に入会表明すると会場がどよめいた。あっけに取られたが、いつもこういうノリなのだということが後になって判明。
それから11ヵ月後には、会長にさせられてしまった。本人がいちばんびっくり!だった。
スピーチとコミュニケーションの向上に興味がある人は、いちど例会を見学してみてはいかがでしょう。ホームページから申し込んでください。
今回は、新橋クラブのPRでした。
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100517
オフィシャル・サイトができて、初めての投稿です。
「歴史を動かしたプレゼン」新潮新書が5月15日に発売になりました。
発売の40日前にタイトルが決まるなんて、やはり新書は書籍というより雑誌的な機動力がイノチかもしれません。
帯の秀吉のイラストは新潮社の社内の女性が描いてくれたそうで、
言われてみればどこか女性っぽさのある秀吉で、やわらかい印象です。
スーツの秀吉案もあったそうですが、だんぜん見慣れた衣装がいいです!
※ここに本の写真
描いてくれたのは、美人の評判高い女性ですが、残念ながらまだ会わせてもらっていない。
本が売れたら会わせてと頼んだら、「たとえ売れなくても、紹介しますよ」とのこと。
でも、こういうのは、本が売れるのを条件にしたほうが良さそうだ。僕も気合を入れてプロモーションに精出すから。
売れるかどうかはともかく、書きながら楽しめた本だった。
資料を読み込んで書くのは初めてのことで、勉強するの嫌いじゃなかったんだ!という
大発見もあった。
新潮新書の通しナンバーで365冊目というのも、気に入っています。
この内容で税別680円はベラボーです。持ってけドロボー!

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100404
新書のタイトル決まりました
 都会にもこんなに桜があったのかと思わせる満開の桜。
我が家のベランダの2メートルほどに育った桜も、花をつけた。
昨夜、ぐい飲みに花びらを浮かべて晩酌しようと思い立った。
花びらを一枚だけもらおうと引っ張ったら、プチッと鋭い音を立てた。
潔く散る桜も、時が来るまでは、思いがけない力で結ばれている。
申しわけないような気になりながら、ぐい飲みの中の花筏を楽しんだ。
新書のタイトルが「歴史を動かしたプレゼン」に決まった。
しごくまっとうなところに落ち着いた感じで、とても気に入っている。
先週の金曜日に、神楽坂の新潮社に出向いて「筆者近影」を撮ってもらった。
本の裏表紙に経歴やらと並んで写真が載る。初めてのことだ。
「週末陶芸のすすめ」の文庫も、湯飲みに描いた自画像モドキでごまかしてきた。
新潮新書は写真つきと決まっているようで、
自分の好きな写真があれば、送ってもらってもいいし、ご足労願えれば撮影します、
とのこと。「無料で」とメールにあったのがおかしかった。
そして、当然お願いすることになった。
あとは、あとがきが残っているだけ。
本を書いたあと、いつもやってくる、ちょっとさびしい時間。
ああ面白かったのに、終わっちゃうんだなぁ。
5月、たぶん20日ごろの発売です。
新潮新書「歴史を動かしたプレゼン」です。
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100321
白モクレン
 白モクレンが花をつけた。三日ほど前に見つけた。
 ベランダの、池と呼んでいるメダカの住まいに浸しておいた数本の枝の
ひとつにふたつの蕾がふくらんでいて、目にしたときには思わず声をあげた。
 池に枝を浸したのは12月の、たしか初め。
再開発のための遺跡調査がはじまり、
あの白モクレンの樹がある一帯も掘り返されるのかと気になっていた。
下は、去年花をつけたときのようす。
 これほど美しい白モクレンはめったにない。
器の模様のモデルにもなってもらった。
 去年の夏から秋にかけて、何回にもわたって下草が刈られるばかりで、
樹は残すつもりのように思われた。
 そして師走に入った朝、工房に向かう道から見たのは
むざんに引き倒された姿だった。
 「なんの断りもなく・・・」そんなことを口にした覚えがある。
工房に行き、剪定ハサミを持ち出して、枝を数本切った。
 すでに花芽がわずかながらふくらみかけていた。
 それをベランダの池に沈めておいた。
もしや発根するなら鉢に植えてやろうと思った。
花はまったく期待していなかった。
 枝を持ち上げてみても、今のところ根が出ているようすはなく、
ふたまわりほど小ぶりの白モクレンの花は、
冬眠から覚めたメダカが泳ぐ池の上で
春の光をはね返している。
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100316
新書の校正
 著者校正が終って、出版社に返送するためクロネコの集配所までひとっ走りして帰ってきたところ。
 そうそう、今週、出版社の上層部会議で本のタイトルが決まるということだった。候補案のまま行くのか、それとも……。
 いずれにしても、タイトルに著者はこだわらないほうがいいと、僕は思っている。本の中身を良くしたいのはもちろんだが、タイトルは出版社の営業戦略を担っているものであり、著者の思いとは別のものだ。このタイトルで出したいと主張して、さっぱり売れなかった場合に、著者には責任の取りようがない。
 校正用の原稿には校正者のチェックがたくさん入っている。僕の書いた「高値の花」の「値」に「嶺?」根?」とチェックが入る。あ、そりゃそうだ!高い山に咲いてる花だから、手に入らないんだ。でも、「高値の花」も手が出ない。最近はやりの青いバラなんか、「高値の花」だよなぁ。などとブツブツ言いながら作業を進める。
 僕はこの「?」マークに、ときどき引っかかる。明らかな誤字にも、正字を入れた横に「?」である。おい、ケンカ売ってんのか、間違いに決まってんだろ! あえて世間で使ってる言葉とは違う言葉をあえて使おうとする大作家じゃあるまいし。「念のためうかがいますが、もしやこの字をお書きになるおつもりだったのではございませんか?いえ、ほんとに念のためなんですが……」
 ひと昔もふた昔も前の女性編集者(あるいは戦前か?)の物腰がどこかに残っているような、「?」なのだ。
 「散りばめる」は、「ちりばめる?」に変えるか、「鏤める?」か、それとも「ママ」で行くかと聞いてくる。え?「散りばめる」は正しくないの? そうかといって「鏤める」は見たことのない字だ。文字の感じからすると、蒔絵などに金箔を散らしたりするときに使う言葉のようだ。僕は、「そうかなぁ、散りばめるでいいと思うけどなぁ」とつぶやきながら、赤のサインペンで「ちりばめる」を丸で囲む。
 それにしても驚いたことがある。どうやら校正者は僕が挙げた参考文献のうち、少なくとも10冊くらいは読み込んでいることが分かったのだ。そのうえで、僕が書いたことに対して矛盾点など指摘する。「?」「念のため」などと当たりは柔らかいが、ストレートのパンチが炸裂する。
 
 中には、「うん、そういう説が一般的なんだが、僕はその説は取らなかったんだ。なぜなら…」ということも、ごくたまにあるが、ほとんどはこちらのミスだ。
 たとえば登場人物の年齢。あまり意識せず、満年齢や数え年が混在していた。それをぜんぶ数え年に直してくれた。戦国時代の武将の誕生日などほとんど調べようがない。生年が分かれば、その時点で何歳だったかが数え年なら分かる。
 そんなチェックが入った文章を校正しながら、出版文化はこういう人たちによって情報の質が維持されてきたことを思った。ウィキペディアは衆智を集めることで運営されるというが、「衆智」だと思っていることのほとんどは、元をたどれば誰かが書き、校正し、出版したものなのだ。
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100301
「読み取り革命」の名前はダテじゃなかった
 前回のブログに書いたように、僕の最初の本である「CMプランナーの仕事術」をオフィシャル・ページで公開することにしたわけだが、じつは困った問題があった。
 まだワープロの時代(僕は富士通のオアシスを使っていた)だったために、フロッピーで保管している原稿がパソコンで見られない。見られるソフトを買おうか、それとも街の「パソコンなんでも相談屋さん」に持ち込もうかと思っていたが、いつのまにかそれも忘れていた。
 今回ネットで探してみて、変換ソフトもあるにはあるが1万数千円。変換サービスはと探してみると、富士通でもやっているが、秋田のある会社が格安でやってくれることが分かった。それならと、「CMプランナーの仕事術」と「週末陶芸のすすめ」の二冊をテキスト変換してもらった。メール添付で送って、返信もメール添付。その日のうちにやってくれて、3000円ちょっとだった。
 ところが、思わぬ事態が出来(しゅったい)した。「CM…」の原稿のうち、オアシスで打ったのは半分ほどしかなかった。残りは、どこへ消えた!?それは、こういうことだった。すっかり忘れていたが、半分ほどは「映像新聞」に書いたものだった。それと、あらたに書いたものを1冊にまとめたもの。業界紙「映像新聞」の原稿は手書きしていたことを忘れていた。
 思えば僕は恵まれていた。4年ほど手書きのエッセイを書き、最初の本が出ることが決まってワープロを買った。打つ練習をしながら書いた原稿は、本になることが約束されていた。目標があったから慣れないことも苦にならなかった。三冊目の「週末陶芸家になろう」はノートパソコンで書いた。
 いまでもそうだが、いきなりキイ・ボードで原稿を書くというのができない。このブログはいきなり打っているが、原稿の場合はできない。小さい字でサインペンでメモするように書いてから、パソコンに向かう。清書というのとは違って、メモとはずいぶん違ってくることが多い。それでも、僕はメモが必要だ。メモはたいてい喫茶店で書く。顔見知りでない人たちの中、というのがいちばん気持ちが開放されるような気がする。
 さて、「読み取り革命」。手書き原稿分がごっそり抜け落ちた「CMプランナーの仕事術」。ふと、日本語の読み取りソフトはどうだろう、と思った。ずっと以前に試したことがあったが、正答率5割未満という印象だった。今回、10日間お試し無料のパナソニックの「読み取り革命 Ver14」をダウンロードして使ってみた。
 感動した!僕はアフェリエイトなどというケチなものは利用していないので、本心である。使用実感でいうと、97%くらいの正当率に思えた。まちがって縦のものを横にしてスキャンしたら、文字を読み取るのにエラク悩み始めるのがご愛嬌だった。
 あと1日で、お試し期間が終る。12,800円……悩ましい値段に価格設定がされている。明日もう一日、いろいろスキャンしてから考えよう!
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100227
石井慎二さんの訃報
別冊「宝島」を創刊した編集長で、宝島社の子会社・洋泉社の代表取締役社長の石井慎二さんが亡くなった。2月14日のことだそうだが、今日それを知った。
 僕の最初の単行本「CMプランナーの仕事術」(洋泉社'96年刊)は、石井さんとの出会いから生まれた。
 「CMプランナーの手紙」と題して広告の業界紙に連載していたエッセイがもとになった。本のあとがきには「宝島社の石井慎二氏から『本にしないか』というお話をいただいた」と書いた。それはウソではないのだが、大きな省略がある。僕が原稿を売り込んで、それに対して「本にしないか」という返事をいただいたというのが、正しい経緯である。ま、そうは受け取られないように、カッコつけて書いたのであるが……。
 いちど遊びにきませんかと言われて、宝島社を訪問したときには、出版の予定月や印税のパーセンテージも決まっていた。「それで良ければ……」という提示で、僕としては小躍りしたくなるような出来事だった。石井さんは、小太りで、飄々とした物腰だったが、メガネの奥の眼光は鋭かった。
 
 石井さんのことは宝島社の人、としか思っていなかった。本が出たあとになって、別冊「宝島」を創刊した人だったことを知った。僕が以前から持っていた単行本「出版界の仕掛け人」に、風雲児の一人として石井さんが紹介されていた。
 
 最近、「CMプランナーの仕事術」を譲って(売って)もらえないかという相談を受けた。すでに絶版になり、僕の手持ちも数冊しかない。古書はアマゾンに出ているが、3千円をこえる値段で二の足を踏んでいるとのこと。別のネット古書店に出ていた格安のものを紹介した。大学かどこかで教えているらしく、「教材として使いたい」という話だった。
 読みたい人がいるならと、こんど作るオフィシャル・サイトでは、この本の全ページを公開することにした。あとがきを読み直していて、石井さんの名前にひさびさに出会い、どうしておられるかとグーグルで検索してみた。新聞で見落としていた訃報が載っていた。まだ68歳。
 あの最初の本があったから、陶芸の本も書くことができた。著書があることが実績になって、陶芸の本の企画を持ち込んだ二社の両方からいい返事がもらえた。
 
 「CMプランナーの仕事術」を本にするにあたっては、じつはそうとうなエネルギーを費やした。石井さんが連絡をくれる前に、僕は34社に売り込みをかけた。来る日も来る日も出版社に手紙を書き(手書きしました!)、業界紙に書いた原稿の一部を同封して送り続けた。35社目で初めて連絡をもらった。それが石井さんだった。(これは初公開の打ち明け話!)
 「ウチの本のラインナップに、広告関係があってもいいなと思ったんですよ」初対面のとき石井さんはそう言った。本の企画と出版社との出会いは、「お見合い」ですね。めげずにお見合いを続けてめぐりあった一社。一社というより、ひとりの編集者です。たくさん来るだろう売り込みの中から、よくぞ拾い上げてもらえたものだと思います。
 石井慎二さん、ご冥福をお祈りします。
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100208
朝日チャリティ美術展
 全国の美術関係者が寄贈した作品を販売して、その収益を社会福祉事業にあてるという「朝日チャリティ美術展」の季節が巡ってきた。
僕にとっては、今年で12回目のチャリティ出品である。はじめて「御寄贈いただけますか」という手紙が舞い込んだのは、博多に単身赴任していた時代のこと。日本伝統工芸展に2回目の入選を果たしたあとで、僕は大喜びで寄贈した。
なぜそんなに喜んだのかというと、以前「陶磁郎」(10「名前の力」)に書いたので、ごらんいただければ、僕の性格もあわせて即座に理解いただけると思う。
今年は「おしろいばな黒釉丸皿」を出品することにした。先ほど近所にあるクロネコの集荷場までクルマをとばした。ここで毎年、梱包を手伝ってもらっている。いちおう割れないていどにプチプチでくるんで持っていくのだが、「これじゃアブナイですね」と言って、その場で空き箱を調達して、いろんな梱包財を詰めてパッケージしてくれる。
梱包するのは、本来は「お客さま」の仕事のはずだが、機嫌よくやってくれる。こういう社員やパートの人の働きぶりを見ていると、「宅配便」というそれまでなかった事業を始めたヤマトの底力を感じる。社風というものは、こうした現場で働く人に色濃く現われるものかもしれない。
博多に赴任していたときは、朝日新聞の西部本社でも同様の催しをやっていて、東京と両方に出品していた。近所の郵便局に作品を持っていった。郵便局から物を送るのは初めてで、梱包は郵便局でやってもらえるものと思い込んでいた。紙袋にやきもの皿を入れて持っていった。窓口の若い女性の職員が、「では、お預かりします」と言って紙袋をどこかに持っていった。途中、紙袋が棚に当って「コツン!」と音がした。ヒヤリとした。
翌日、西部本社から電話があった。届いた皿が割れていたという。「こう言っては、なんですけどねぇ。ほかの方はみなさん、きちんと包装されて送って来られますよ」「・・・・」あのまま、皿をハダカで入れたままの紙袋を送ったんだ・・・・。
後日、賠償の話し合いがあり、すんなり全額が出た。郵政省の時代だから、とうぜん原資は税金からである。僕は、なにか嫌味をいった覚えがある。

□「第85回朝日チャリティー美術展」
□会期 2010年3/5(金)~3/8(月)
□会場 東京 松屋銀座
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100207
うれしいメール
今日届いたメールには、おもわず「へぇ!」と声をあげた。
以下のような内容だった。
「御多忙の中、恐縮です。初めてホ-ムペ-ジを拝見しました。
つくる陶磁郎が休刊になって淋しくなりましたが、「焼きもの扮戦記」が楽しみでした。メ-ルマガジン読みたいと思っています。陶芸教室の開校を祝します」
ムダのない、簡にして潔な文面。住所が書いてあって、
福岡県遠賀郡岡垣町東高倉・・・・・おお、懐かしい福岡。遠賀郡といえば、たしか高倉健さんの故郷?地図検索してみると、高倉神社というのがある。健さんの本名はたしか小田だから、この神社から高倉の名をもらったのか・・・。
メールの最後にお名前があって、すこし離れて「83歳」。
メールができる83歳はかっこいいなぁ。
12年連載を書かせてもらった「つくる陶磁郎」(双葉社)が休刊になって、最後の原稿の末尾にこう書いた。
「49回目の「季刊・つくる陶磁郎」。この10数年というもの、季節が変るころになると編集部の竹見さんから電話が入った。「そろそろ次を・・・」この稿を書くことが習慣になり、身体にしみこんだリズムのようになっていた。急に止めるのは身体に悪そうなので、以後は僕のホームページに場所を移して、書き続けようと思っている。教室は、2010年桜の頃に開校する予定です。また、お会いしましょう」
この稿を目に留めてもらってメールをいただいた。25歳年上の人が、楽しみにしてくれていたのだと思うと、生半可なことしか分かっていない若造が知ったようなことを書きとばしてきた恥も忘れて、うれしくなる。
「つくる陶磁郎」が続いていれば、今月末には50号が出ていた。それに間に合うように新作の原稿とイラストを仕上げよう。読者に約束(勝手に!)したんだから。
ホームページ「寧日工房」の「つくる陶磁郎 単身赴任・やきもの扮戦記」 に載せることにしよう。
いま確認したら、19話までは載せているので、それ以降のバックナンバーも順次掲載してゆきます。
しばらく休んでいたメールマガジンも復活させよう。
そんな気になったのも、遠賀郡在住の83歳さんのおかげです!

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100201
「なごり雪」と「22才の別れ」
 暖かかったきのうの日曜日。世田谷区民会館のコンサートに行った。
NPO法人わんぱくクラブ育成会が主催するコンサートで、2回目の参加である。クラブの運営にかかわっているKちゃんから誘われて、去年初めて行った。Kちゃんは、学生時代に属していた油絵のサークルの2年後輩だ。
去年の出演は庄野真代さんだった。懐かしい曲が聴けて、また曲の間のお喋りも楽しかった。会場で会う約束をしたサークル時代の友人たち3人と30数年ぶりの再会。Kちゃんからは「Yさんと会うとすごくびっくりするかもしれませんよ」とメールで事前に言われて、なんだろうと思っていたが(まぁ予想はついていたが)、潔いタイプの頭髪の持ち主だったことが判明した。
さて、今年の出演はTMネットワークのメンバーだった木根尚登さん。スペシャルゲストは伊勢正三さんで、いきなり「なごり雪」をやられた。学生時代のBGMともいえる曲が続いた。「海岸通り」「22才の別れ」・・・。伊勢正三さんのライブを聴くのは初めてだ。開演直前に入ったために、今年も来ているはずの友人たちにはまだ会っていない。この曲が流れている会場で彼ら彼女らも聴いていると思うと、30数年前のいくつかの情景がよぎっていった。
 
伊勢正三さんのトークの中で出た次の言葉が忘れられない。
「『なごり雪』は、初めて作詞作曲したものなんです。その翌日に作ったのが『22才の別れ』です」
驚いた。あのふたつの曲が、たてつづけに生まれたとは。
コンサートのあと、去年と同じようにみんなと一杯やれるかと思っていたが、駅で解散。館山と行田の向こうまで帰るなら、しょうがないか。そういえば去年は土曜日だった。
※追記
学生時代のサークルの名前は、「やんぐいーぜる」。フォークグループみたいな名前が、いま書くとちょっと気恥ずかしい。今でもあるかと検索してみたら、35年経った今でもあった。「造形美術研究会やんぐいーぜる」だって。当時は「造形」ウンヌンは付いていなかった。いつの代だかに「カタイ名前のほうが就職の面接で有利なんじゃない?」とかの理由で付けたのではなかろうか。ブログをちらっと覗くと、油絵をガンガン描いているふうには見えず、アート関係が好きというだけの軟派のサークルらしい。
僕の時代にもヌードクロッキーや女子大との合同スケッチハイクをやるとなると、こんなに部員がいたか?というほど集まってきた(ま、そのひとりが自分であることは間違いないのだが・・・)。伝統とは、たくましくも、おそろしい。
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100129
隠れラジオ体操ファン
 隠れラジオ体操ファンである。
博多に単身赴任していたとき以来だから、もう15年近い年季が入っている。どこかに集まって、というのではなく、ただラジオを聴きながらの一人体操。朝体操できなかった日は、なんとなく身体にオイルが回っていないような、淀んだ感じが夕方まで続く。
指導員の紅一点、オカモト・ミカちゃんのファンである。ラジオの声でしか知らないから、オカモトは岡本だろうが、美香ちゃんか、美加ちゃんか、美佳ちゃんか定かではない。それほど若くはなさそうだが、声に底抜けの明るさがある。若くないなら、あの明るさにはなおのこと値打ちがある。
日曜日担当である。「はいっ、いっち にぃ さん しっ・・・」
ミカちゃんの号令に合わせて体操していると、自分が幼稚園児に戻ったようなトキメキ(言葉が違うような気がするが合っているようにも思う)がある。
僕がラジオ体操を始めたころだったと思うが、ミカちゃんではない別の女性が指導していた。声がヒステリックで、なんだか、収容所で女看守に命令されて体操させられているような、妙に反抗心がわく声だった。
それがミカちゃんに代わったときの歓びをご想像いただきたい。収容所から幼稚園へ。女看守からお姉さん先生へ、である。テープにまで録って、1日2本(回ではなく、本と呼びたい)の体操をこなしたりもするようになった。
当初元気一杯にはじけていたミカちゃんだが、どこからかクレームでも来たか、ややおとなし目の号令に変わった。それはそれで落ち着いたいい感じではある。望むらくは一ヶ月に一度くらいは、おもわずこちらがのけぞるような、あの声がひっくり返るチカラいっぱいの号令で、幼稚園児になりきって体操してみたいものである。
(オジサン向けの有料ラジオ体操というのは、事業化できそうな気がする。キイワードは「癒しと健康」。なんとなく風俗のニオイがしないでもないが・・・)
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100128
偶然の恵み
 駅前の丸善書店に行った。
あったら買おうと決めていた二冊の本がなかった。その書棚をながめていたら、「日本古典読本」(筑摩書房)が目についた。
万葉集にはじまり、古事記、伊勢・源氏物語、和泉式部・蜻蛉日記、枕草子、徒然草、風姿花伝、奥の細道、本居宣長のもののあはれ論、円朝の牡丹灯篭・・・。明治以前に書かれた90篇ほどから、一部分を抜き出したアンソロジーだ。
僕はこういう本が好きだ。同じ筑摩の本で「高校生のための文章読本」や「高校生のための小説案内」などという本を40代になってから読んだ。前者を読まなかったらモーパッサンの文章に触れることなどなかっただろうし、後者を読まなかったら中沢けいの書くものも知らないままだったろう。
今日買った「日本古典読本」は1988年発行で、現在18刷。どうして今まで、手に取る機会がなかったのかと思うほどで、見かければ買わずにおれなかったはずだ。
偶然出会ういい本、偶然出合ういい文章、というのが好きだ。なにか儲かったような気がする。
このところ調べ物をして書くことが多い。ネットの書店で、タイトルから検討をつけてガバッと買う、いわゆる「大人買い」することが多くなった。でも、ネットでは探している方面の本にしか出会えない。
今日の目当ては日本語関連の本だったから、古典とは直接の関係はない。でも、書棚で見かければ「そう、それが欲しかったんだ!」となって、現に僕は購入した。
「見渡す」とか、「ひととおり見て回る」とかいうことがネットは極端に下手だ。検索の森の奥深くどんどん入って行ってしまう。「欲しい物しか手に入らない」これはネット社会のいちばんの欠点だろう。
僕は電子辞書は使わない。辞書を開いて目当ての言葉の、その周辺の言葉をだらだら読むのが楽しい。「偶然を拒否するものはすべてに拒否される」というのは、誰の言葉だっけ?ついでに言えば、ネットは、誰かがもうすでに知っていることしか教えてくれない。
ともかく、書店に足を運んだせいで、今まで自分から求めて読むことはなかった
昔の人の文章に触れることができる。
しばらくはお風呂の友になりそうだ。ポッチャンしないよう気をつけよう。
(風呂にはたいてい本を持って入ってます。旺文社文庫の「徒然草」が常備本だと、ある人に言ったら笑われた。旺文社文庫は、本文と現代語訳が見開きページで見られるという素晴らしさ。ああいう体裁の文庫をがんばって出し続けて欲しかった。)
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100119
冷え込み
 この数日、ぐんと冷え込んで、ベランダの「池」と呼んでいる・・・・
「池」にも氷が張るようになった。
サンダルでそっと踏んでみたら、思いのほか厚く、本気で踏むと、ミシと音がした。
夏には睡蓮が咲き、メダカがスイスイ泳ぐのだが、いまは石の陰に隠れている。
 こんなふうに冷え込んだときに、桜の花芽作りのスイッチが入るのだそうだ。植物学者の書いた本で読んだことがある。暖かくなってスイッチが入ったのでは、開花の季節が遅れてしまう、というのはもっともだ。
でも、暖かい日が続いたときではなくて、冷え込んだ日が続いたときにスイッチが入って、花の準備が始まるというのは、なにか象徴的なことに思える。
冷え込んでいる日本列島です。
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100107
こころは折れるもの?
 藤井財務大臣が辞意を表明したと書いた、昨日の朝日新聞朝刊。
社会面の見出しは、「こころが折れた?」夕刊の素粒子でも、「こころが折れた」を使っていた。
 この言い方は、去年のWBCでイチローが「こころが折れそうだった」と言ったのが初出ではなかろうか。こころは、ふんわりしたもの、というイメージが自分の中にあって、
聞きなれない言い回しに、違和感を覚えながらも新鮮な印象をもった。
 折れるなら、硬いものだ。そして「折れそう」というなら、あるていどしなやかで、
それでも限界をこえて持ちこたえられないと感じた、ということだろうか。イチローはこころを、肉体を支える杖のようなものとして認識しているのだろうか。
 いままでになかった日本語の言い回しだと思うのだが、そうだとしたらイチローは新しい日本語表現を生み出してしまったことになる。
イチローが使った意味をはなれて、こわばり、かたくなになっている僕たちのこころにフィットする言い回しなのかもしれない。
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100104
 明けまして、おめでとうございます。

2010年というのは、数字の並びも良くて、なんとなく良くなりそうな気がします。
 さて、気分を一新して、ブログのサイトをこちらに移しました。しばらくは、慣れないために書き込むのにも手間取りそうですが、すぐスラスラできるでしょう。
今年前半の予定。
■4月に陶芸教室を始める予定で、準備に入りました。
今の工房の一階を教室。2階を書斎と個人の作陶スペースにするつもりです。どう改装するかの打ち合わせの最終段階に入り、今月中には改装に着手できそうです。
■5月に「プレゼンテーション+歴史上の人物」の新書が出る予定。
「これぞ、プレゼンのチカラ!」と言えるサクセスを、歴史の中に取材しました。コミュニケーション、説得力、プレゼン、歴史、などに興味がある人にはお勧め!ひさびさの陶芸以外の本です!
企画から3年越しの本で、まぁ良く資料を読んだこと。江戸初期の資料にもあたりましたが古語ではないものの、中途半端な古さが面白かった。スラスラ読めそうになくせに、つっかえる。
英語の本にもあたったりで、合計すると自分の背の高さに近い資料を読んだのではないかしらん。資料にあたって本を書くという経験がこれまでなかったので、それなりの難しさもあったけれど、ああ面白かったというのが今の感想です。
 自分は勉強するのがもしかしたら好きなのかもしれない。そんなことを、初めて思った作業でありました。前書きとあとがきを残して、ほぼ書き終わりました。
ということで、今年もよろしくお願いします!

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# by yasuhikohayashi | 2017-10-05 15:31

林寧彦の津田沼陶芸教室

津田沼陶芸教室
2010年9月に陶芸教室を始めました。陶芸体験レッスンあります!
所在地 : 千葉県習志野市谷津1-24-28
交通手段 : JR津田沼駅から徒歩12分、京成谷津駅から徒歩6分
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# by yasuhikohayashi | 2012-04-19 15:22
今年のアタマから、このブログをどうしようか悩ましかった。
コミュニケーション関係のオフィシャルサイトを作りたい。
そのなかにコミュニケーション用のブログも、陶芸のブログも、
ぜんぶ入れ込もうと考えました。

そして半年、いろいろとやってきました。
じっさいの僕からすれば、いささかクールでカッコよすぎるオフィシャルサイトができました。
広告、コミュニケーション関係のブログもできた。
いままでの陶芸サイトはほぼそのまま。
9月にスタートさせる陶芸教室のサイトもできた。

あとないものは・・・・と見ると
陶芸関係のおしゃべりをする場所がない!

このサイトを閉鎖しなくて良かった!
おもに陶芸をとおして気がついたことのあれこれを書くつもりです。

これまであちこちに引っ越して、すっかり不義理してしまいました。
あらためてお付き合いいただきたく。

よろしくお願いいたします!
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# by yasuhikohayashi | 2010-07-20 16:45
2010年、5月中旬より、
ブログを以下のサイトに移しました。
http://www.hayashiyasuhiko.com/hy/hyblog/

また同時に、下記の公式サイトも新設、動き始めました。
http://www.hayashiyasuhiko.com/


今後とも、よろしくお願いいたします。
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# by yasuhikohayashi | 2010-05-16 10:50
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

さっそくですが、2010年お正月から、
心機一転、ブログのサイトを下記のアドレスに移転しました。

http://blog.hayashiyasuhiko.com/
「お気に入り」に入れていただいているアドレスを
変更いただければ幸いです!
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# by yasuhikohayashi | 2010-01-05 14:38

創刊号から連載エッセイを書いてきた「つくる陶磁郎」が
49号をもって休刊しました。
年に4回の刊行だから、12年以上にわたって書いてきたことになります。
季節が変るたびに、編集部の竹見さんから、
「そろそろ次の号なんですが、テーマは決まりましたか?」という電話が入るのが
常でした。

「単身赴任 やきもの扮戦記」という連載。そもそも、「扮戦記」という名前。
これは僕のワープロの変換ミスからでした。
連載3回目だったか、送った原稿のタイトルをみて、
編集長の入澤さんから電話が入りました。
「奮戦記に変えたいの?扮戦記が僕は好きだけどねぇ。
扮装の扮のほうが感じ出てていいんじゃないの?奮戦記じゃ当たり前だよね」

そんなこんなで始まった連載は、僕の単身赴任が終っても続き、
やがて2003年に会社員ですらなくなっても終らず、今日まできました。

先月末発行の最終号にはこう書きました。
「急に書かなくなるのは身体に悪そうだから、
この連載は自分のホームページに場を移して続けるつもりです」。

原稿5枚というのは、1テーマがしっかり入って、あまりムダ口は叩けない分量。
好きな枚数でした。
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# by yasuhikohayashi | 2009-12-14 16:54

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
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