芭蕉と、富本憲吉さん

今夜も、酩酊ぎみです。
焼き鳥屋で、一人で本を読みながらの晩メシ。
明日は休日であることに気が付いたのはそのとき。
なんという生活だ。

富本憲吉さんには、どうしてこんなに惹かれるんだろうというくらい
特に書いたものに惹かれます。
奈良の安堵村、法隆寺の近くにある生家が記念館になっていて、
なんどか訪ねました。
彼の部屋に一人座って窓の外を眺めていると
旧交をあたために足を運んできたような思いにとらわれます。
今しも彼が現れて
「や、よく来てくれた」と言ってくれそうな。

そんな雰囲気を残すのに並々ならぬ配慮が行き届いていることに
あとで気がつく。
館長、副館長の、富本さんを慕う気持ちが伝わってきます。
ある秋の日、庭の柿の木になった実を勧められながら
話をうかがっていると、そこここに濃密な富本さんの気配を感じます。
なにより、訪ねる人が少ないのがいい。

去年、展示室の文化勲章が盗難に遭うという事件があって、
遺族から預かっていた記念館の立場を気の毒にも思いました。
できるだけ往時の姿を留めようという心遣いが、アダになってしまったわけだから。

その当時、僕はなんだかやりきれなくて、季刊「つくる陶磁郎」に
「勲章なんか持ってても、他人の勲章なんか何の役にも立たんから返せ」
というエッセイを書きました。
(同じ場所に展示してあった、子供たちのままごとのために彼が作った
ちっちゃな飯茶碗は、僕もとても欲しかったけど我慢したのだ!何を言っているのだ!)
今年6月、盗品が戻ったいう新聞記事を見ました。いま、記念館に展示されているのかどうか・・・。

そうだ、何を書きたかったというと、(完全に酔ってるなぁ)
富本さんは、「墓は要らない、作品こそ吾が墓なり」という意味の言葉を残しています。
今日、焼き鳥屋で読んでいた芭蕉関係の本の中に、似た言葉を見つけたので
忘れないうちに書いておこうと思ったわけです。
(そう、このブログは自分用のメモ代わりなのです)

芭蕉が亡くなる前、弟子たちが相談したようです。芭蕉ほどの人に辞世の句がないのはさびしい。辞世の句はどうしましょうかと、枕元で尋ねたらしい。
そのときの芭蕉の応え。

自分の俳諧は、すべて辞世の句のつもりで作ってきた。いまさら、新たに作る必要はない。

富本さんと、同じことを言っている・・・。

一面識もありませんが、富本さんをおもうとき、
僕は、「とみのもとさん」とか、「とみちゃん」と呼びかけます。

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著書の復刻版が出ています。
・「製陶餘録」 富本憲吉 文化出版局  昭和50年刊
・ 「窯辺雑記 」富本憲吉 文化出版局  昭和50年刊

お嬢さんの高井陽の目から見た富本憲吉・尾竹紅吉夫妻の思い出は
・「薊(あざみ)の花」高井陽・折井美耶子著 ドメス出版 1985年刊

奥さんの尾竹紅吉を通した富本さんの姿は
・「青鞜の女・尾竹紅吉伝」渡邊澄子著 不二出版 2001年刊

※読み物では、以上4冊が手に入りやすく、お勧めです。イチオシは、「製陶餘録」 。
辻井喬の小説「終わりなき祝祭」は、モデル小説とはいえ、留学時代のことなど少し調べればわかることに誤謬があり、富本像にも違和感があるので勧めません。
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by yasuhikohayashi | 2005-11-02 23:59

日々、気がついたことのあれこれを書きます。


by 林 寧彦(やすひこ)
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